白マム印 日本のこと日本のもの

 
15
 
2010年01月11日_DSC_1461
                                     薬師寺金堂

この龍宮造りの金堂は
奈良西ノ京の薬師寺です。


近づいてみましょう。


2010年01月11日_DSC_1463




もっと近づいてみましょう。


2010年01月11日_DSC_1462


不思議におもわれませんか?

お寺さんの金堂の上に
注連縄。


見物巡りをはじめてそう日が経っておらず
なにもわからなかったわたくしは
薬師寺のお坊様に訊ねました。

「お寺さんに注連縄は、おかしくありませんか?」


こたえは


「仏教は神さんにくらべて新参者なので
以前からいらっしゃる鎮守様の土地の上に
お寺を建てるのは申し訳ない事ですので、
仏様の上部に土地の神さまをお祀りしている。
仏様と神様のお二方を敬っています」


以来
わたくしも
神仏隔たりなく敬っています。


2007 6.3 奈良薬師寺講堂前





                             *2013年 薬師寺紀行1
                             *薬師寺2 休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神


スポンサーサイト
 
19
 
唐招提寺2013年03月03日_DSC_0160
                                        唐招提寺 金堂

山号  なし 
宗派  律宗
創建年 天平宝字3年(759年)
開基  鑑真 
本尊  廬舎那仏(国宝)

住所  奈良県奈良市五条町13-46
電話  0742-33-7900
交通  近鉄道橿原線西ノ京駅下車すぐ
公式ウェブサイト



唐招提寺2013年03月03日_DSC_0162


東大寺さんと同じくらい好き。
それが唐招提寺です。

寺院全体の姿もよし
お仏像もよし
緑が多く(←クリック)
そして澄んだ空気もよし。

それが唐招提寺です。


唐招提寺2013年03月03日_DSC_0188


伽藍に派手なところはいっさいなく
奈良時代建立された寺院の金堂としては
現存する唯一のもので
天平をかんじさせます。



2013年03月03日_DSC_0166




8世紀後半の創建時の姿を残す
金堂に入る事は出来ませんが
柔らかな光に浮かぶ
中央に本尊・盧舎那仏坐像、
右に薬師如来立像、
左に千手観音立像(いずれも国宝)の
御様子は
とてもよくわかります。

本来、お堂の中には人は立ち入ることは
ならず、礼拝は外からしたものです。
唐招提寺は、その規律を今も守っていると
いえます。



盧舎那仏坐像 千手観音立像
盧舎那仏(るしゃなぶつ)坐像 奈良時代作     千手観音立像 平安時代作
盧舎那仏の光背の化仏(けぶつ)の数は、      大脇手42本、小脇手911本、合わせて953本の
864体ですが、                        お手お持ちの千手観音立像です。
本来は1000体であったといわれています。


o0480063610320111728
                          千手観音の御手






唐招提寺の三尊はとても大きくておおらかです。

金網の目に手をいれるとお堂のひんやりとした空気が
手を包み込みます。



唐招提寺 講堂2013年03月03日_DSC_0173
                                              講堂

講堂は平城宮の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)
を移築したもので、御本尊は鎌倉時代作造の
弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)です。
こちらの弥勒さんは力強いお顔立ちに
慈悲深さがみられる魅力的(私には)なお仏像です。


2013年03月03日_DSC_0184 2013年03月03日_DSC_0181

2013年03月03日_DSC_0180 2013年03月03日_DSC_0175 
鼓楼                         礼堂
宝蔵                         馬道(めどう・通り道のこと)



この唐招提寺で一番好きな場所。
それが、↓ 戒壇堂址です。


唐招提寺戒壇堂址2013年03月03日_DSC_0171
                                             戒壇堂址


ご覧のとおりなにもない。
それなのに大好きな場所です。

戒壇堂は僧になるための受戒の場所です。
創建時に築かれましたが火災により
建物は焼失し往時のものとしては
石段のみが残っています。

私がじっと佇んでいると、
拝観者が、
「なにもないじゃないか」と呟いて立ち去っていきました。

そうです。
たしかになにもない。
なにも見えないところです。



唐招提寺水盤2013年03月03日_DSC_0187
                                             水盤


唐招提寺門帳2013年03月03日_DSC_0163
                                       鳳凰と桔梗の門帳                                  




en1参考en1

<他の見どころ>
 ・新宝蔵
   旧講堂木彫群と呼ばれる、
   奈良時代末期に制作された多数の
   木彫像は見ごたえがあります。
 ・御影堂
   開扉は6月5日~6月7日
   国宝鑑真和上坐像を収めた御影堂の厨子の扉が開かれます。
   東山魁夷画伯奉納の障壁画と襖絵も特別公開されます。
 ・奥院西方院
   境内を出て線路をわったところにあります。
   快慶作の阿弥陀如来像が本尊ですが、一般公開はなし。
   電話予約。

     奈良 唐招提寺奥院 西方院石仏ひな壇
                                  唐招提寺奥院 西方院石仏ひな壇   



<多数の写真があります>
2010年唐招提寺 戒壇堂
2010年唐招提寺奥院 西方院
2009年 唐招提寺金堂 
2009年 唐招提寺礼堂 
2009年唐招提寺講堂 
2009年 唐招提寺御廟


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
16
 
休ヶ岡八幡宮は薬師寺の鎮守社です。

薬師寺南門の前に位置するのですが、
前回でも記載しましたが
最寄駅の西ノ京に近い興樂門が観光客にとって
正門のようになっており
八幡宮にまで足を運ぶ人はあまりいません。

以前より訪れたいと思っていた私も
当然ながら今回はじめての参拝です。

この八幡を有名にしているのは
国宝の三ご神像をおもちだということです。

このご神像は、京都の松尾大社のご神像と
ともにとても有名で、薬師寺展や、本などでお目もじされた
方も多いと思います。

09.jpg
        神功皇后坐像  33.9cm

 07.jpg 
        僧形八幡神坐像  38.8cm

06.jpg
        仲津姫命坐像  36.8cm


博物館や宝物殿にてお仏像やご神像におあいすると
いつも思います。
本来はどういうお社(お堂)においでだったのだろう。
ということです。

そのお社(お堂)は

山のなかだろうか
木々に囲まれているのだろうか
白砂に建つのだろうか
朽ちかけているのだろうか

私のお仏像・ご神像拝観は
お像にお目もじし
なお且つ
本来のおありになるべく場所に
立ち
昔の信仰というものが
生活の中に存在していた頃を
少しでも知ることで
ひとつの区切りがつきます。


休ヶ岡八幡宮2013年03月03日_DSC_0147
                                    休ヶ岡八幡宮

御祭神 誉田別命(八幡神・応神天皇)
    息長足姫命(神功皇后)
    仲日売命(応神天皇皇后)

平安時代の寛平年間(889年~898年)、
薬師寺別当栄紹によって備後国(大分)の宇佐八幡宮から薬師寺の
鎮守社として勧請されたもの。
寅平年間(889~897)に薬師寺の南の地に勧請されました。
現在の社殿は慶長8年(1603)に、
豊臣秀頼の寄進によるものです。



休ヶ岡八幡宮2013年03月03日_DSC_0148



休ヶ岡という名は
大分の宇佐八幡から東大寺の鎮守社(手向山八幡)を勧請する際に
途中でここで休まれたと伝わることから付いた社名です。


  
2013年03月03日_DSC_0146
                                              手水



薬師寺への参拝は本来は
この休ヶ岡八幡にて
身を清めておこなわれるべきもの
だったのです。

日曜日だというのに
境内は私ひとりです。



   現在、三ご神像は奈良国立博物館に
   寄託されています。



孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0140
                     孫太郎稲荷大明神


休ヶ岡八幡に隣接している、
この稲荷明神は、
薬師寺とは無関係とのこと。

お百度石が目につき
この淋しい場所でのお百度は
御利益が高そうだと考えて
しまいます。

しかし

孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0155


孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0153




神様のお使いのお狐様(かたや巻物、かたや宝珠をおくわえです)の
お顔をみると怖ろしくて
よほどの、願かけがないかぎり
夜更けにこちらにまいるのは
出来ない・・・と思ってしまうのでした。

まだまだですね、私は。





神像の美―すがたなきものの、かたち
(別冊太陽)



<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
13
 




14




                                          薬師寺講堂 鴟尾にて




<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂



 
12
 
薬師寺2013年03月03日_DSC_0116
                                                     薬師寺金堂



山号  なし 
宗派  法相宗大本山
創建年 天武天皇9年(680年)
開基  天武天皇(勅願)、道昭、義淵伝本尊  

住所  奈良県奈良市西ノ京町457
電話  0742-33-6001
交通  近鉄道橿原線西ノ京駅下車すぐ
公式サイト


003



東塔西塔の両塔の初層(1階)が
同時に公開!

今回の見仏の大きな目的は
実はこの特別公開でした。

てっきり
修復中の東塔の覆屋がはずされた




薬師寺東塔2013年03月03日_DSC_0108


と、
思いきや東塔は↑ 状態でした。




2010年の東塔↓
奈良薬師寺 東塔
               薬師寺 東塔(C)poco-mom

以前の東塔↓ 
薬師寺 東塔
               薬師寺 東塔(C)poco-mom


今回この東塔の内部を貫く「心柱」の最上部から、
「仏舎利(ぶっしゃり)」を納めた容器が取りだされ
一般公開されました。

掌におさまるような小さな蓮の蕾をかたどった
容器は水晶でつくられた窓が設けられており
そこから小豆ほどの大きさの薄赤色と乳白色の
天然石が釈迦の遺骨として収納されています。
      クリック→写真

前知識なしにぶらりと薬師寺に拝観におとずれ
ついでにこの東塔に入ったとしたら
この仏舎利には多分気がつかなかったでしょう。

江戸時代の作で似たようなものが京都の寺院でも
見られることから当時流行ったのではないかと
推測されています。




薬師寺西塔2013年03月03日_DSC_0109
                             西塔


2006年7月撮影
薬師寺金堂 東塔西塔003


堂々たる金堂は
昭和51年(1976)白鳳時代様式の本格的な金堂
として復興されたもので、
「竜宮造り」ともいわれています。

                         フェノロサは薬師寺の東塔を「凍れる音楽」(注1)と
                         評したといいますが、この塔(西塔も)は
                         一見、五重塔に見えますが実際は三重塔です。
                         裳階(もこし 注2)がついているために5重塔と
                         見間違えてしまいます。


薬師寺2013年03月03日_DSC_0115


薬師寺2013年03月03日_DSC_0106


金堂には
国宝の薬師如来三尊像
おいでです。




06 003
月光菩薩(注3)      日光菩薩


この薬師三尊は7世紀末~8世紀初めに造られており
鋳造技術のレベルの高さ、その優美な姿は
仏教美術史上でも代表格のお仏像です。


金堂の中で拝観しますと、あまり感じませんが、
2008年東京国立博物館での薬師寺展でお会いしたとき
その大きさには驚きました。



薬師寺講堂2013年03月03日_DSC_0119
                                               講堂

2013年03月03日_DSC_0128
                                              東院堂


東院堂は、境内の東回廊に向かって
位置するのですが、
朱と緑の鮮やかなる龍宮仕立てのお堂に
隠れるようにひっそりと佇んでいます。

しかし
東院堂の御本尊の聖観音菩薩は
立派で雄々しさまでかんじるような
優美でいて偉丈夫なる観音様といえます。

東京国立博物館にやはりおでましになったのですが
慈しみを感じる前に圧倒されてしまいました。

003
                       聖観音菩薩立像


薬師寺 中門2013年03月03日_DSC_0135
                             中門



2013年03月03日_DSC_0136
                                              南大門


薬師寺は、最寄りの駅「西の京」から
興樂門がすぐですが、寺院としては
正門(南門)ではありません。

参拝の方はこの中門南門の方にはあまりお寄りには
ならないのですが、
この中門南門を出て道を渡ると
この薬師寺の守護神社の
休ヶ岡八幡宮があります。

                                            つづく


en1参考en1

<注1:凍れる音楽>
フェノロサが東塔をみて言ったと伝えられていますが、
昨今ではさだかではないといわれています。
「建築は凍れる音楽」という例えは
以前よりドイツで使用されていたと
ウィキペディアに記載されています。

<注2:裳階>
裳階(もこし)は、仏堂、塔、天守等で、軒下壁面に付いた庇状構造物。
別名:雨打(ゆた)。通常、本来の屋根の下にもう一重屋根をかける
かたちで付ける。裳層とも書く。元来は風雨から構造物を保護するために
付けられたもの。  ウィキペディアより


<薬師寺月光菩薩首切り事件>

月光菩薩の首にはいつの頃からか亀裂がはいり
それが日が経つにつれひどくなりました。
昭和27年に吉野を中心としたマグニチュード6.8の
地震のために、ぐらつく状態まで悪化しました。
このため
薬師寺は文化財保護委員会(文化庁の前身)に依頼しました。
出向いた技官たちは、このままにはしておけないという
判断から、独断でその場で月光菩薩の首を切り落として
しまいました。
月光菩薩の首はそのまま床に置かれました。
この性急な処置は大騒ぎとなり国会でも取り上げられたほどです。

ところが、
実のところは、菩薩の首を下ろすにあたって菩薩の内部を通っていた芯棒の鉄心が
つかえ邪魔になるので切断し、頭部を下ろしたということだったそうです。

 *このことを検索していると、その当時のことをアップされている
  貴重なブログをみつけました。
  興味のある方はごらんください。
  「ポプラ21:今日の句日記 梅雨に入る国宝展の長き列


*2007年6月の薬師寺見仏紀行
*2010年1月の薬師寺見仏紀行


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂





プロフィール

gurekomom

Author:gurekomom
ひとりテクテク、本をポッケにいれてお仏像巡りをしている時が一番幸せです。
楽天のマムの素より移転してきました。こちらに収められてない神社仏閣がたくさん記録されています。
https://plaza.rakuten.co.jp/cotton12/
またカバ屋印では日常のてんやわんやぶりを公開しています。
http://pocomom12.blog.fc2.com/

掲載写真の無断使用は禁止いたします。ご使用になりたい場合はご一報ください。

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリ

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

ありがとう

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
Copyright © gurekomom / Designed by Paroday