白マム印 日本のこと日本のもの

 
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山号  醍醐山、深雪山(上醍醐寺)
宗派  真言宗醍醐派
寺格  総本山
創建年 貞観16年(874年))
開基  聖宝
本尊  薬師如来(重要文化財)

*三宝院本尊 宝冠弥勒菩薩坐像(快慶作) 


住所  京都市伏見区醍醐東大路町22
電話  075-571-0002
交通  市営地下鉄東西線「醍醐駅」下車徒歩20分
    又は 京阪バス「醍醐三宝院」下車すぐ
醍醐寺公式ホームページ

文化財 醍醐寺境内(史跡)金堂、五重塔、
    木造薬師如来及両脇侍像ほか(国宝)
     清滝宮本殿、絹本著色阿弥陀三尊像、
    木造薬師如来及両脇侍像ほか(重要文化財)
    三宝院唐門(国宝)、庭園(特別史跡、特別名勝)


醍醐寺2013年08月17日_DSC_0410
                                         醍醐寺仁王門


醍醐寺2013年08月17日_DSC_0388 醍醐寺2013年08月17日_DSC_0387



仁王門をくぐると下醍醐の伽藍には
10以上の堂宇が点在します。

今回は五重塔のみ紹介です。

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    醍醐寺 五重塔(国宝)
    天暦5年(951年)建立

醍醐天皇の菩提を弔うため、第一皇子・朱雀天皇が
承平6年(936)に着工し、第二皇子・村上天皇の
天暦5年(951)に完成しました。
初層の内部には両界曼荼羅や真言八祖が描かれており、
日本密教絵画の源流をなすものといわれています。
高さは約38メートルで屋根の上の相輪は約13メートルあり、
相輪が塔の三分の一を占め、安定感を与えています。
               (醍醐寺ウェブより)




威風堂々としていて優美。
平安時代そのものを感じさせる
五重塔です。

興福寺や東寺の五重塔とは違う
趣を見せています。




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逆光なのでいい写真ではなくて残念です。

いつも思うことは寺院建築の木組みの
美しさです。

この醍醐寺の五重塔は
日本に現存する江戸時代以前に作られた仏塔としては、
東寺五重塔、興福寺五重塔につぐ高さです。
4番目の高さは三重塔ですが、薬師寺東塔です。



醍醐寺(上醍醐を含む)をまわるには半日は
かかるでしょう。
またの機会にゆっくりと散策したいと思って
います。


おまけ!

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先ごろ亡くなられた
市川団十郎さんの記念樹、見っけ。


                                  ←
                                  前回 三宝院唐門
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東寺五重塔
京都東寺 五重塔



興福寺五重の塔
興福寺 五重塔


薬師寺東塔(三重塔)
薬師寺 東塔


en18月15日16日17日見仏足取りen1

8月15日
京都武徳殿にて合気道→南禅寺順正にて昼食南禅寺 1
南禅寺水路閣天授庵金地院東照宮金地院開山堂奈良東大寺
8月16日
木津川岩船寺→奈良忍辱山円成寺勧請縄円成寺運慶作大日如来坐像
8月17日
京都法界寺(日野薬師)醍醐寺三宝院醍醐寺五重塔
豊国神社方広寺京都博物館


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                                               三宝院 国宝唐門


山号  醍醐山、深雪山(上醍醐寺)
宗派  真言宗醍醐派
寺格  総本山
創建年 貞観16年(874年))
開基  聖宝
本尊  薬師如来(重要文化財)

*三宝院本尊 宝冠弥勒菩薩坐像(快慶作) 


住所  京都市伏見区醍醐東大路町22
電話  075-571-0002
交通  市営地下鉄東西線「醍醐駅」下車徒歩20分
    又は 京阪バス「醍醐三宝院」下車すぐ

文化財 醍醐寺境内(史跡)金堂、五重塔、
    木造薬師如来及両脇侍像ほか(国宝)
     清滝宮本殿、絹本著色阿弥陀三尊像、
    木造薬師如来及両脇侍像ほか(重要文化財)
    三宝院唐門(国宝)、庭園(特別史跡、特別名勝)



醍醐寺2013年08月17日_DSC_0390
                      醍醐寺仁王門



醍醐寺といえば誰もが思い浮かべるのが
豊臣秀吉により1958年に催された
「醍醐の花見」でしょう。

私としては、醍醐寺といえば
三宝院の国宝唐門です。
実は、この唐門見たさ
それから三宝院のご本尊にお会いした
それのみで訪れました。


今回の醍醐寺拝観は醍醐山頂の上醍醐には
登らず下醍醐のみの散策です。


三宝院は醍醐寺の仁王門の手前に位置します。




醍醐寺三宝院2013年08月17日_DSC_0375


三宝院は醍醐寺の本坊(座主の居住地)として
1115年に建てられたものです。
その庭園は秀吉醍醐の花見時に秀吉自ら設計されたものです。

この三宝院の唐門は黒と金色のみの配色の斬新なデザインとして
有名です。

醍醐寺三宝院2013年08月17日_DSC_0382


菊に五七の桐。(注1)
シンプルで堂々として端正です。

この色使いは緑の木々の隙間から見え隠れして
とても映えます。

桜の季節、桜色にもとても映えると思える
黒と金色の色使いです。
そこまで
計算にいれての意匠と思われます。

豊臣の遺構を見るにつけ思うのですが
いったいどなたが意匠されたのか?
知りたいです。


醍醐寺三宝院2013年08月17日_DSC_0377



醍醐寺三宝院2013年08月17日_DSC_0384


この三宝院のご本尊が
なんと快慶作の宝冠弥勒菩薩坐像。

秘仏で拝観はできませんが
せめて安置されている場所の空気くらいは
吸いたいものと、肺がいっぱいになるほど
三宝院の空気をすってまいりました(←冗談)。



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         快慶作 宝冠弥勒菩薩坐像 1192年作



まさに快慶作ですね。
美しすぎるというか、
私は
「人智を超えた美しさ」と
称するのですが、
人間とおなじ美しさではない
超越した美しさです。

この透徹した美しさならばこそ
「釈迦の死から56億7千万年後に人々を救う」
と信じられます。

三宝院の弥勒さん、拝観したい!!!

     注:2014年7月~9月奈良博「醍醐寺のすべて」にて
        快慶作弥勒菩薩坐像はおでましになりました。


                                 醍醐寺編つづく



醍醐寺三宝院2013年08月17日_DSC_0380




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<注1:五七桐>
11kaike1.jpg

五七桐といえば秀吉の紋。
と思いがちですが、これはもともと
天皇家が使っていた紋です。

天皇家は古来より
桐と菊の紋を印として使用して
いました(天皇家の紋と法律上明文化はされていません)。
桐の紋は功労のあったものに天皇家が下賜したために武士に
広がりました。
ちなみに徳川家康も賜りましたが、秀吉が使用していたために
使わなかったといわれています。

明治政府は「朝廷の政府」ということをビジュアル化(しらしめる)
するために桐の紋を使用しました。

現在、首相の会見時にこの紋がみられます。
平成15年より演台に使用されています。


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2014.7より奈良国立博物館にて開催された
醍醐寺のすべて」にて快慶作・宝冠弥勒菩薩坐像
さんはおでましになり
拝観することができました。
やはり
快慶仏の特徴、人智を超えた美しさでした。
2014年06月29日_P6291714

en18月15日16日17日見仏足取りen1

8月15日
京都武徳殿にて合気道→南禅寺順正にて昼食南禅寺 1
南禅寺水路閣天授庵金地院東照宮金地院開山堂奈良東大寺
8月16日
木津川岩船寺→奈良忍辱山円成寺勧請縄円成寺運慶作大日如来坐像
8月17日
京都法界寺(日野薬師)醍醐寺三宝院醍醐寺五重塔
豊国神社方広寺京都博物館


 
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山号  東光山
宗派  真言宗醍醐派
寺格  別格本山
創建年 永承6年(1051年)
開基  日野資業、最澄
本尊  薬師如来(重要文化財)
別称  日野薬師

住所  京都市伏見区日野西大道町19
電話  075-571-0024
交通  京阪宇治線・JR奈良線六地蔵駅から
     京阪バス8号経路で日野薬師下車

文化財 阿弥陀堂、阿弥陀如来坐像(国宝)
     本堂、木造薬師如来立像、木造十二神将立像、
     阿弥陀堂内陣壁画(重要文化財)

行事  1月14日裸踊り

京都散歩ナビウェブ


法界寺2013年08月17日_DSC_0371



法界寺は日野富子で知られる日野家の菩提寺であり
浄土真宗の開祖・親鸞聖人の誕生の地という
由緒ある古刹です。



法界寺2013年08月17日_DSC_0361



以前より訪れてみたかった国宝阿弥陀堂。
それが京都伏見の法界寺です。

アクセスが悪くはありませんが中途半端なために
随分と後まわしになってしまいました。
反省



法界寺2013年08月17日_DSC_0362

                                    皮葺5間四方の宝形造 
                                      承久3年(1221年)


あこがれていた姿のよい
国宝の阿弥陀堂です。

勇壮な禅寺が多い京都の中で
名刹ですがひっそりとした趣です。
それがまた私好みです。


中に安置されているのは、この本堂に
似つかわしい阿弥陀如来坐像です。



法界寺2013年08月17日_DSC_0367





法界寺2013年08月17日_DSC_0368





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             国宝 阿弥陀如来坐像 藤原時代作


平等院鳳凰堂の定朝様式(注1)の本尊に最も
近いといわれる阿弥陀仏です。

この頃の阿弥陀様はたっぷりとして
安らぎを感じます。

岩船寺円成寺と期せずして豊かな
阿弥陀様めぐりとなりました。(注2)


2013年09月17日_P9170751



光背は繊細な飛翔天の透かし彫り、
まわりの壁をみると飛天人図。

天井は勇壮な折上組入格天井に天蓋。

これらがすべて藤原時代当初のものと
いわれています。


この阿弥陀堂内部はため息がでるような
長い時代を生き残ってきた存在感のある
もので、必見です、




2013年09月05日_P9050740
                                           飛天図




法界寺2013年08月17日_DSC_0366
                                         本堂 薬師堂

ご本尊は秘仏の薬師如来です。
安産、授乳のご利益があるといわれて
このことから「日野薬師さん」と
尊ばれています。



法界寺2013年08月17日_DSC_0369
                                             手水鉢





en1参考en1

<注1:定朝様式>
平等院鳳凰堂 阿弥陀如来坐像 
S-1-280
大仏師定朝(じょうちょう)は
飛鳥時代より続いた大陸的な様式、
例えばアルカイックスマイルような
神秘的な容姿や呪術的なものから
脱却して、穏やかで親しみある
和のお仏像さんを造形しました。


<注2:岩船寺、円成寺阿弥陀如来坐像>

岩船寺阿弥陀如来坐像
岩船寺本尊2013年09月05日_P9050732

円成寺阿弥陀如来坐像
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<近辺情報>

醍醐寺
2013年08月17日_DSC_0396

勧修寺
随心院 小野小町ゆかりの寺
平重衡の墓

平重衡は平清盛の五男。
平家の悪名を高めた南都焼き討ちの中心人物。
源氏との戦いに活躍したが、一の谷の戦いで捕虜となり、
その後、鎌倉へ護送され、更に南都(東大寺)に引き渡され、
木津川のほとりで首を斬られたが、その遺骸を壇ノ浦の生き残りである
妻輔子が引き取って、この日野の地に埋葬したのだという。

en18月15日16日17日見仏足取りen1

8月15日
京都武徳殿にて合気道→南禅寺順正にて昼食南禅寺 1
南禅寺水路閣天授庵金地院東照宮金地院開山堂奈良東大寺
8月16日
木津川岩船寺→奈良忍辱山円成寺勧請縄円成寺運慶作大日如来坐像
8月17日
京都法界寺(日野薬師)醍醐寺三宝院醍醐寺五重塔
豊国神社方広寺京都博物館


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ひとりテクテク、本をポッケにいれてお仏像巡りをしている時が一番幸せです。

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