白マム印 日本のこと日本のもの

 
12
 
22.jpg
                                                    清涼寺 弁天堂

<五台山 清涼寺>

山号   五台山
宗派   浄土宗
創建年  寛和3年(987年)
開基   奝然(ちょうねん)
本尊   釈迦如来(国宝)
別称   嵯峨釈迦堂
文化財  木造釈迦如来立像及像内納入品
      木造阿弥陀三尊坐像(国宝) 他

住所  京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
電話  075-861-0343   
交通  山陰本線 嵯峨嵐山駅 徒歩15分


清涼寺山門2013年11月24日_DSC_0113
                                        清涼寺 仁王門


紅葉シーズンまっただなかということでしょうか。
車が次から次にやってきて、写真がを撮るのも
命がけです(少し大袈裟)。

本堂に生前のお釈迦様の肖像尊像が安置されていることから
嵯峨釈迦堂と呼ばれています。




清涼寺山門扁額2013年11月24日_DSC_0110
                                          仁王門 扁額



清涼寺本堂2013年11月24日_DSC_0109
                                 本堂(釈迦堂)1701年再建

仁王門をくぐって境内に入っての第一印象を
正直に述べれば、「大味なお寺さん」。

多分これは、常寂光寺や二尊院が小体な
お寺さんだったせいでしょうね。

本堂(釈迦堂)は豊臣秀頼が寄進したものですが
嵯峨の大火が類焼し、徳川家によって再興されます。


清涼寺多宝塔
                                              多宝塔

清涼寺の前身は、光源氏のモデルとされる
嵯峨天皇・皇子の源融(みなもととおる)の山荘「棲霞観」です。

多宝塔の裏にはこの源融(みなもととおる)の墓である
宝篋印石塔があります。


清涼寺のご本尊の釈迦如来立像は、お釈迦さまが37才のときの
生き姿といわれ、古代インドにて作造された霊像を模刻した
「三国伝来(インド→中国→日本)の釈迦像」といわれているものです。

このお像は「清凉寺式釈迦像」として模刻され奈良の西大寺をはじめ
全国に100体ほど奉安されています。

画像でご覧のとおり、日本の釈迦如来像とは雰囲気が違うのは
古代インドのお像の模刻だからといえます。


005.jpg


76_2013120417261415c.jpg
↑霊宝館収蔵(特別公開日のみ入館可能)


ご本尊の釈迦如来の体内には5人の中国尼僧より絹で作られた
五臓六腑がおさめられてました。





蓮の花をイメージした本堂前の香炉が
とても愛らしくて嬉しくなる私です。


清涼寺香炉2013年11月24日_DSC_0119

寺紋は加賀梅鉢(注1)。

清涼寺香炉2013年11月24日_DSC_0120


清涼寺本堂2013年11月24日_DSC_0118
                             本堂


国宝の釈迦如来立像に拝観し
本堂を去ろうとしたところ
若いお坊様が
「お庭はご覧になりましたか?」と
声をかけてくださいました。

このお坊様はご朱印をいただくときも
なにくれと声をかけてくださって
とても親切でした。

神社仏閣を歩きまわっていると
確実に世代交代、新しい波がおこって
いるのを感じます。


清涼寺2013年11月24日_DSC_0134


若いお坊様が納所さんに
「お庭を案内してさしあげてください」と
おしゃってくださったので
本堂の裏に庭にでる引き戸まで連れていって
くださいました。

開けると、


清涼寺清涼寺2013年11月24日_DSC_0135


本の少しですが東福寺のような感じの
渡り廊下から弁天堂やお庭を見渡すことができました。


清涼寺弁天堂
                                    弁天堂 江戸時代後期

この弁天堂は全体的に装飾が多く宝珠は龍、
正面は松に獅子や牡丹唐草と寺紋と
この清涼寺の中で一番華やかな建物です。
弁天堂といわれるからには弁才天様が
祀られているのでしょうか?



本堂の東には阿弥陀堂、一切経堂
そして霊宝館が在ります。

清涼寺2013年11月24日_DSC_0139
                                            阿弥陀堂



清涼寺2013年11月24日_DSC_0138
                                            阿弥陀堂



清涼寺2013年11月24日_DSC_0143 
                                            一切経蔵



清涼寺2013年11月24日_DSC_0149
                                            一切経蔵




霊宝館(注2)では、国宝の阿弥陀三尊や釈迦如来五臓模型
を拝観することができます。


70_20131204172611041.jpg
                                    平安時代作


この阿弥陀様は光源氏のモデルといわれる
嵯峨天皇第十二皇子源融公の供養のために
造立されたものです。

平安時代のお作です。
おおらかでいてがっしりとしたからだつき、
お顔はとてもきれいなうっとりする阿弥陀様です。
源融公がモデルといわれているので
むべなるかな。


76_2013120417261415c.jpg
 釈迦如来五臓模型




本堂西には首塚や生の六道があります。

大坂の役で自刃したといわれる
豊臣秀頼公の首塚。

秀頼の首は昭和55年大阪城三の丸跡地発掘現場から
出土しました。
秀頼の自刃には目撃者がおらず諸説がありますが
この首には介錯のあとがあり、場所的にもまた埋葬の
仕方等から秀頼と断定されています。

本堂(釈迦堂)を寄進した縁によりこの地に埋葬された
ものです。


005_201312101115332c9.jpg
                                       豊臣秀頼公首塚




2013年11月24日_DSC_0107
                                            生の六道

小野篁が冥土と現世を往復していた、冥土への入口「死の六道」が
六道珍皇寺に対し、冥土から現世へ戻る出口がこの
「生の六道」です。



2013年11月24日_DSC_0137
                                             手水舎



紅葉の季節、嵯峨嵐山にあるというのに
清涼寺に訪れる人はあまりいませんでした。


が、


少ない境内での観光客の中に
東京の友人がいたのには
驚きの参拝でした。


清涼寺ご朱印2013年11月26日_PB260842




en1en1


<11月24日>
6:15京都着→嵯峨嵐山→常寂光寺二尊院清涼寺銀閣寺1大徳寺二条城→17:50新幹線

<注1:梅鉢紋>
加賀藩主前田氏の家紋は梅鉢紋です。
これは菅原道真公の子孫ということからきています。
菅家党の漆間(うるま)氏からは法然上人が出ており、
上人は24歳の時に人々を救う仏教を求めて、
釈尊像の前に7日間おこもりしたというところから
清涼寺は梅鉢紋となる。

<注2:霊宝館>
霊宝館の公開は4月・5月・10月・11月の日・祝日。
確認されてから拝観されてください。

スポンサーサイト
 
02
 
75_20131130100525055.jpg

<小倉山 二尊院>

山号   小倉山
宗派   天台宗
創建年  承和年中(834年 - 847年)
開基   円仁、嵯峨天皇(勅願)
本尊   釈迦如来・阿弥陀如来(重要文化財)
正式名称 小倉山 二尊教院 華台寺
文化財  木造釈迦如来立像・阿弥陀如来立像 他

住所  京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27  
電話  075-861-0687    
交通  山陰本線 嵯峨嵐山駅 徒歩17分

*法然上人二十五霊場十七番札所
*小倉餡発祥の地(注1)
JR東海CM・そうだ京都、行こう。

 

嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0067
                             総門 、(伝)伏見城の薬医門を移築



「百人一首」で名高い小倉山の東麓に位置し、
釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を本尊とするため
二尊院といわれています。

この二尊院や常寂光寺あたりに藤原定家の山荘があり
定家はここで小倉百人一首を編んだとされています。



嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0100


広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれ
見事な紅葉を披露しています。



嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0075
                                             勅使門




嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0081
                        勅使門 蛙股




嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0084
                                     境内よりみた勅使門





嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0073
                               勅使門扁額は後柏原天皇勅額




2013年11月24日_DSC_0072
                                               本堂




嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0088
                                本堂扁額は後奈良天皇勅額




嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0089


本堂内は暗くてご本尊は遠く
ご尊顔を脳裏にやくことはできません
でしたが厳かなことにかわりは
ありません。


嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0086
                                   鎌倉時代 春日仏師作

右が釈迦如来、左が阿弥陀如来です。

釈迦如来は、人がうまれて、生を全うし来世へ送りだしてくれる
「発遣(ほっけん)の釈迦如来」、
阿弥陀如来は、その人を極楽浄土より迎えてくれる、
「来迎の阿弥陀」といいます。

この考えは唐の時代中国の善導大師から日本に伝わり法然上人に
受け継がれました。
その為に二尊院は法然上人二十五霊場十七番札所になっています。


嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0090
                                        九頭龍弁財天

本堂でて右には弁財天堂があり
九頭龍弁財天が祀られています。

シルエットのみでしたが
お隣は宇賀神さんのようです。

宇賀神さんがおいでということは知りませんでしたが、
九頭龍弁財天さんには是非お会いしたかったので
暗くてとても残念の一語です。


二尊院 九頭龍弁財天2013年11月24日_DSC_0091
                                    九頭龍弁財天、宇賀神


鐘をつく音がずっと続くと思っていましたら
鐘楼は「幸せの鐘」とよばれ


嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0094


自由に撞くことができます。

第一に自分が生かされている幸せを祈願し、
第二に生きとし生けるものに感謝し、
第三に世界人類の幸せのためにとそれぞれに
思いを込めて三つ撞くようにとのことです。



嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0096
                   法然上人廟への石段




嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0099
                                        法然上人廟


嵯峨嵐山 二尊院2013年11月24日_DSC_0071




二尊院ご朱印2013年11月26日_PB260841

             *ご朱印、よくご覧になればわかりますが、月日が逆さまです。
              お寺さん側が平謝りされるのですが、私としては、これも
              拝観の妙味でノープロブレムです。かえって私の方が恐縮しました。
              固辞しましたが、ご朱印料は払い戻しということでいただきました。

en1en1

<11月24日>
6:15京都着→嵯峨嵐山→常寂光寺二尊院清涼寺銀閣寺1
大徳寺二条城→17:50新幹線


<注1:小倉餡発祥の地>
809年頃、空海が小豆の種を中国から持ち帰り小倉山で栽培し、
菓子職人の和三郎がその小豆であんを作り、御所に献上したとされています。
そのため、小倉山麓の二尊院が「小倉あん発祥の地」と呼ばれています。(京都観光スポットより)

<参考ウェブ>
京都写真紀行
そうだ京都、行こう。二尊院編


 
27
 
75.jpg

<小倉山 常寂光寺>

山号  小倉山
宗派  日蓮宗
創建年 慶長元年(1596年)
開基  日禎
本尊  十界大曼荼羅

文化財 多宝塔(重要文化財)
      元和6年(1620年)建立、高さ12m、檜皮葺  

住所  京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3電話  
電話  075-861-0435    
交通  山陰本線 嵯峨嵐山駅 徒歩15分

公式ホームページ
JR東海CM・そうだ京都、行こう。嵯峨嵐山編

常寂光寺2013年11月24日_DSC_0013
                                              山門



嵯峨嵐山はJR山陰線を利用すれば17分
という近さです。
7時41分の園部行きに乗った私は7時58分には
もう嵐山です。

清涼寺から二尊院、常寂光寺にまわるより
その逆からまわった方が地図でみると
合理的なようが気がして常寂光寺より
拝観します。

駅から10分ほど歩いたでしょうか。


9時開門ですが、8時すぎにはたくさんの人々で
長い列ができていました。


常寂光寺2013年11月24日_DSC_0015


紅葉があまりにきれいで
待つのも苦にはなりません。



常寂光寺2013年11月24日_DSC_0061
                                     茅葺の屋根仁王門





常寂光寺2013年11月24日_DSC_0029



常寂光寺2013年11月24日_DSC_0031
                                              本堂


常寂光寺は高校時の修学旅行以来です。
ずっとずっと
訪れたかったお寺さんです。

私のお仏像好きの原点は中学の頃みた写真集の
東大寺法華堂の日光月光菩薩さんです。

そして
この常寂光寺の多宝塔が私の神社仏閣好きの
原点なのです。

多宝塔なるものをみたのは初めてで
「こんなきれいな建物があるんだ」と
うっとりと眺め何枚も写真を撮ったものです。
その写真は今も大切に持っています。

その常寂光寺に40年以上の歳月を経てやって
きました。


多宝塔はこの裏手です。


常寂光寺2013年11月24日_DSC_0033 常寂光寺2013年11月24日_DSC_0034



常寂光寺2013年11月24日_DSC_0036


階段をのぼります。
ドキドキしてきます








常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0041



これです。
これです。
変わっていません。

15才のときに感動した多宝塔です。



常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0046



常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0049



常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0045


元和6年(1620年)建立、高さ12m、檜皮葺


常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0051



常寂光寺多宝塔2013年11月24日_DSC_0048



懐かしいですねえ。
セーラー服姿の私がここに立っているようです。



嵯峨嵐山落柿舎2013年11月24日_DSC_0010
                                             落柿舎


落柿舎(注1)を見やりながら
二尊院へまいります。



常寂光寺ご朱印2013年11月26日_PB260840



en1en1

<注1:落柿舎>
松尾芭蕉の弟子、向井去来の別荘として使用されていた草庵。
1691年(元禄4年)4月から5月までここに松尾芭蕉が
滞在して嵯峨日記を著した。(ウィキペディアより)

<11月24日>
常寂光寺二尊院清涼寺銀閣寺1大徳寺二条城
 
26
 
2013年11月24日_DSC_0007


11月23日23時
新宿発の夜行バスに乗車。
翌24日6時15分京都駅着。

京都タワー銭湯にザブン。

マッサアージチェアにてモミモミ。

JR山陰線にて嵯峨嵐山へ。
午前8時には嵐山散策開始。


いつものごとく
向う見ず大人な見仏が
はじまります。


常寂光寺二尊院清涼寺銀閣寺1大徳寺二条城


プロフィール

gurekomom

Author:gurekomom
ひとりテクテク、本をポッケにいれてお仏像巡りをしている時が一番幸せです。
楽天のマムの素より移転してきました。こちらに収められてない神社仏閣がたくさん記録されています。
https://plaza.rakuten.co.jp/cotton12/
またカバ屋印では日常のてんやわんやぶりを公開しています。
http://pocomom12.blog.fc2.com/

掲載写真の無断使用は禁止いたします。ご使用になりたい場合はご一報ください。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

カテゴリ

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

ありがとう

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
Copyright © gurekomom / Designed by Paroday