白マム印 日本のこと日本のもの

 
28
 



円空展 賓頭盧尊者IMG_0009_NEW
                       円空作 賓頭盧尊者

お可愛らしい「おびんずる様」の
ポストカードながめていましたら、

いろいろと
思い出したり
思ったり。

年といえば年寄りだけれど
それよりも
忙しすぎて
いろんなことを忘れています。

ぼんやり眺めていたら棟方志功が浮かんできました。

「わだばゴッホになる」と言った
棟方志功がはじめて鉈仏(=円空仏)を
見たとき
思わず呟いた言葉。

 「江戸時代にも俺がいたのか!」

棟方志功はそののち円空再来にむすびつけられる
釈迦十大弟子を発表します。




棟方志功
   


これは我家の壁にかかる棟方作の板画です。  
私が嫁いできたときには
たしか3つは掛っていたはずです。

ふと気がつくと
掛っているのが1つ。

義父と二人きりになった時にこっそりと聞いて
みました。
「お義父さん、志功の板画は3つあったでしょ。
他はどうなさったの?」

義父は声をひそめて言いました。

「ワシだってお小遣いが欲しいんや。
全部売ってしもた」

と。

そのあと顔を見あわせて二人して大笑いしたものです。

そんな義父もいなくなって4年です。



円空さんのおかげでまわりまわって義父の
ことを思い出しました。

義父のことを思うのは久し振りのことです。



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円空IMG_NEW


飛騨の円空
―千光寺とその周辺の足跡―
2013年1月12日~4月7日
東京国立博物館





円空展IMG_0002_NEW





円空展IMG_0005_NEW_0002





円空展IMG_0001_NEW_0002


この円空展の白眉は歓喜天だと思います。


   *詳細     
   *歓喜天は  に載せています。
   *東京国立博物館 円空展サイト



 
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円空展IMG_0002_NEW円空展IMG_0005_NEW_0002


あなたの知らない
 円空にあえる



本当に知らない円空仏だらけで
私は円空のことをなにも知らなかった
ことに至極反省。



円空展 宇賀神 IMG_0007_NEW_0001
                               宇賀神



円空 両面宿儺坐像(りょうめんすくなざぞう)IMG_0001_NEW_0005
   両面宿儺坐像(りょうめんすくなざぞう)

両面宿儺坐像を間近に拝観しますと
その迫力に蹴倒される思いです。
特に台座がいいですね。

「えっ! 台座がいい?」。
そうです。
宿儺像がいいのは無論ですが、
一気にほりあげているようで
計算しつくされた(デザインされた)
この台座は美しいです。


ひとつ間違えれば
北海道の熊の置物になってしまう。
そこに落ちない感性の持ち主が
円空です。



さて
前回お話した歓喜天は出口の近くのガラスケースに
おいでです。

歓喜天は象頭人身で抱擁している立像が多く、
秘仏で公開は殆どありません。
供養のお作法がとても厳しく少しでも違えば
罰がおりるといわれています。


   歓喜天は利益もさることながら恐ろしい神として畏怖されてきた。
   俗に聖天様は人を選ぶといわれ、非道な人間には縁を結ばないし、
   勤行を一生怠ってはいけないともいわれる。

   また、いい加減な供養をするとかえって災いがあるとか、
   子孫七代の福をも吸い上げるなどの迷信がある。

                            ウィキペディアより

歓喜天さんのことを知らなかったら
通りすぎて当然でしょう。

円空の歓喜天は
そぎ落として
そぎ落として
観念としてのお仏像を彫ったのでは
ないでしょうか。

観念は、仏教用語で「観想の念仏」の略です。
瞑想法の一で、精神を集中させ、
仏や浄土の姿を思念することをいうといいます。

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                                       歓喜天



 
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東京国立博物館140周年
 特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」
本館 特別5室 2013年1月12日(土) ~ 2013年4月7日(日)



円空IMG_NEW
             両面宿儺坐像(りょうめんすくなざぞう)


100体
これだけの円空仏にお会いしたのは
はじめてのことです。

本当のことをいえば
私は、円空仏に対してそれほど気持が
動いたことがありませんでした。

もっと正直にいえば一体あるいは一座の拝観の時は
「これは本物かなあ」という気持のほうが強くわいてきて
真贋ばかりに気をとられてしまっていました。
それほど円空仏は贋物が多いわけですし
また
民芸的な趣もあるので
私にとっては
「難しいお仏像さま」です。

が、

入場してすぐのおびんずるさまの
愛らしくとも慈しみふかい様子と


円空展 賓頭盧尊者IMG_0009_NEW
                            賓頭盧尊者


皆に撫でられて信仰され黒光しているお身体に
遊行の僧の円空の「凄み」を感じました。


今回の円空展で
私が是非ともお会いしたかった
お仏像は2体。

宇賀神
歓喜天


おふたかたです。
特に歓喜天は、
一度も拝観したことがありません。
歓喜天を他所でまじまじと拝観されたことがある方は
少ないのではないでしょか。

今回の歓喜天立像も7年に1度の公開。
それも厨子の中に入られたままの公開が
本来なのですが
特別に厨子からお出ましになっての公開です。

     歓喜天は非常に霊力が強く気難しい方と
     いわれており、殆どが秘仏で
     公開されません。

100体の円空仏は
猛々しいものからおかしみあるものと
とても見ごたえのある楽しいといってよい
ものでした。

宇賀神
龍王
迦楼羅像(烏天狗)
稲荷明神

などは
マスコットのような
ゆるキャラのような
趣さえあるものでした。

円空展IMG_0006_NEW_0001
迦楼羅像(烏天狗)         八大龍王像        宇賀神


また、柿本人麻呂像というのも
展示されており大いに興味をそそりました。
非常に動きのある像で、
円空さんの力量が非常によくわかるお像といえます。



円空展 柿本人麻呂IMG_0008_NEW
                        柿本人麻呂坐像



さて、歓喜天ですが、
ここでは厨子にはいっておいでの歓喜天
の画像を載せておきましょう。
次回に歓喜天さんは紹介いたします。
それまで
皆さんは、ご自分で歓喜天さんの画像を検索して
予習をしておいてください。
宿題ですよ。





kankitenzusi.jpg






円空展IMG_0001_NEW_0002


                                    では 次回
 
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日本仏像史講義 IMG_0010_NEW
仏像 日本仏像史講義 (別冊太陽) / 山本勉 ¥3990



お仏像好きには必見のおすすめ本です。


まだまだ随分お会いしていないお仏像様が
おいでなんだと、ため息をつく半面、
わたしも、こんなにたくさんのお仏像様に
お会いしたんだと喜んでみたりと
何時間でも楽しめる本です。

これから、お仏像巡りをはじめようと思って
おいでの方にもおすすめします。


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                                   表紙の菩薩立像は
                                   本当にお美しいお仏像で、
                                   保存状態も最高です。
                                   東京国立博物館収蔵。

                                   1年に1回ほど本館1階の11号室に
                                   おでましになります。


 
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ちょっと北風が強い日でしたが
青空の上野もうで日和でした。

東京国立博物館では
「書聖 王羲之」
「飛騨の円空」
が催されています。

今回は円空展へと東博に足を運んだのですが
その前に常設展をのぞきました。
13室金工部門に


期せずして贔屓さんがおいででした。


贔屓 2013年02月24日_DSC_0624
                          花瓶 江戸時代・18~19世紀


 
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08.jpg


いもぼうを頬張りながら、古都
のどこに
この平野屋さんが出ていたのだろうか、
待ち合わせ場所として使ったのだろうかと
味わうよりも考えこむ私でした。

京都より戻ると早速、黄なびてしまった
ページをくります。

キリシタン灯籠
北の天神
平安神宮
醍醐のお寺
金閣寺
南禅寺道
知恩院
円山公園
清水さん
阿弥陀堂
奥の院


DSC_2312
                                     清水寺 奥の院



文庫本の1ページから21ページだけで
神社仏閣好き

京都好き
あるいは
京都在住の方が
喜ぶ固有名詞が物語に
織り込まれています。

全編に京都の名所や四季折々の
行事の様子が描きこまれており
それだけみると
まるでJR東海のコマーシャルのようですし、

青蓮院の大楠やら、
三尾の神護寺やらがでてくると
よく知っているだけに
嬉しいものです。


青蓮院 大楠
                                      青蓮院 大楠

さて、
いもぼうですが、
49ページに早々とでてきます。

この「古都」主人公、千重子は捨て子なのですが、
拾われた場所はどこなのか、母親(育ての親)に問う場面。

「そんなら、千重子をどこでお拾いやしたの。」
「夜桜の祇園さんや。・・・・・・花の下の腰かけにな、
それは可愛らしい赤んぼが寝さしたって、うちらを見て、
花のように笑うのや。・・・・・・芋棒の平野屋さんの前
あたりかな、・・・・・・・」



いもぼうの平野屋さんの記述はこれだけなのですが、
平野屋さんにしてみれば光栄の極みでしょうし、
円山公園を歩いた私としても場面が手に取るようにわかり
やはり嬉しくなるというものです。

この古都を読んでいて感心するのは京都の言葉の
美しさです。
川端康成自身があとがきに記していますが、
「京都の人に頼んで、会話の全体にわたって懇切丁寧な修正」
を加えてもらったとのことです。

京都の歳時記のような物語に、きれいな京都言葉。
京都の方が今現在読まれたらどうでしょうか?
面映ゆいのでは。

もうひとつの美しさは北山杉の美しさです。
ヒロインの千重子はまるでこの北山杉の妖精のよう
に書かれていますです。
康成は千重子に言わせます。
「北山杉のまっすぐに、きれいに立ってるのをながめると、
うちは心が、すうっとする」
と。

この「まっすぐに、きれいに立っている」というのは
まさに千重子そのものといえます。


この小説は昭和36年10月から翌年1月まで朝日新聞に
連載されていたものです。

挿し絵は小磯良平さん。

この間、川端康成は重度の睡眠薬依存であり、
この「古都」はその間に書かれたことで有名です。
連載後は
禁断症状をおこして東大病院に入院しています。
この時は意識不明状態が10日におよんだといわれています。

トップの画像の東山魁夷作の冬の花(北山杉)は
この入院中に東山夫妻が届けたものです。
古都の全編に姿をあらわす北山杉を描いたものです。
そして「冬の花」という画題は、
「古都」の終章の見出しだったものです。

川端は述懐しています。
「病室で日毎ながめていると、近づく春の光りが明るくなるとともに、
この絵の杉のみどり色も明るくなって来た。」
と。

単行本にするにあたって、この絵は口絵として使われて
います。






↑残念ながら文庫本には使用されず、文庫のカバーは
それらしく見えますが、ケルスティン・ティニ・ミウラ(女性)
によるものです。


2012年01月08日_DSC_0038神護寺本堂
                           神護寺



en1参考en1


*実はこの小説には「竜村」(現龍村のことでしょう)の
 記述が2度でてきます。
 これがどう判断してよいのやら、俗気があるということなのか
 やりてとして褒めて書かれているのかあいまいでわからない。
 ちょっと謎です。

月刊杉 北山杉と『古都』
京都名物 いもぼう

いもぼう2013年01月13日_DSC_0280
                  いもぼう御膳

<あらすじ>
捨て子だった事実を知りながらも千重子は、呉服屋夫婦の一人娘として
深い愛情につつまれ、なに不自由なく育つ。
友人の真砂子と北山杉を見に行った千重子は、杉林で働く自分にそっくりの
娘がいることにきがつく。
 
祇園祭の宵山の日、千重子は娘と再び出会う。
その娘が双子のかたわれであった。
娘の名は苗子。双子の姉を探していたという。しかし今では身分が違う。
苗子は、姉と会ったことを誰にも言わないと伝え、千重子と別れる。

帰り道、苗子は四条大橋で織り屋の息子・秀男に声をかけられる。
秀男は苗子を千重子と間違えて、千重子の帯を折らせてほしいと頼み込んだ。

苗子が奉公して働く北山杉の村へ出かけた千重子に、織り屋秀男から
結婚を申し込まれたことをされたことを苗子は告げる。

千重子は、冬の北山杉の杉の葉が薄いすすき色になるのが花のようで美しいと
苗子につげる。

千重子は苗子を自宅に呼び、
「うちにずっと、いとくれやすこと、でけへんの」と願う
が、
苗子は「お嬢さんのお幸せに、ちょっとでもさわりとうないのどす」
翌朝早く、苗子は「また来ておくれやすな」と言う千重子に首をふり家
を去っていく。
長いこと見送る千重子を振り返ることなく。




  

山口百恵ちゃんの千重子役(手前)の
着物の着付け、下手ですねえ。
この映画は着物も準主役というのに・・・。


 
19
 


08.jpg
                             東山魁夷作 冬の花(北山杉)



川端康成の古都 を読んだのは数十年前になります。

本棚にあるかしらと探したら
でてきました。
日焼けした「古都」が。

川端康成さんの中編小説はおしなべて
とてもきれいな日本語でつづられている
うえに、物語もひねこびておらず
気持よく読める、
小粒の真珠のような作品です。
残念ながら現代作家さんたちには
これがかけています。

現代作家さんがこれを真似たら安っぽい
プラスティック玉になってしまう。

それはどこからくるのか、
圧倒的な教養のさなのか、
経験なのか、その時代の要求のか、
美意識の違いなのか。

以前にも書いたことがありますが、
私自身は伊豆の踊り子が大好きです。
難しいいいまわしや、自分の窮状をひたすら
語る小説に辟易すると、この小説を手に取ります。
端正な文章とちょっと切なくなる物語。

読み終えると、ざわついていた気持が
落ちつく。
どうも自分の気持を戻すために
伊豆の踊り子を読んでしまうようです。




さて、
今回なぜ本棚の奥から「古都」を手にとった
かといいますと、
実は京都名物「いもぼう
のせいです。

先の、見仏・知恩院の帰りに寄った
お店が非常に有名ないもぼうのお店。
そのお品書きには
「川端康成の古都にもえがかれている当店」と
あるではないですか。

はて、
古都にそんな記述があったのやらと・・・。

そんなよこしまな思いでページをめくりはじめました。


                                      つづく

  

 
18
 
古都を読んでいる最中です。









                                          古都 1 2
 
15
 
仁和寺勅使門
                               2009年3月15日仁和寺 勅使門


勅使門とは天皇の代理としてつかわされた人(勅使)を
迎えるためにつくられた門をいいます。

そのため勅使門は特別、あるいは格別な門として
技術の粋をこらした門といえます。

私がはじめて勅使門に目を凝らしたのは
仁和寺の勅使門です。

仁和寺に行かれたらどうぞ勅使門をじっくりと
ごらんください。




京都 仁和寺 勅使門







仁和寺 勅使門 056







仁和寺勅使門 京都特別公開 055







京都仁和寺勅使門





勅使門は明治20年(1887)に焼失した後、大正2年(1913)に
内務省・宮城県・京都府の技師亀岡末吉(1865~1922)によって
再建されました。
亀岡が手掛けた建築はのちに「亀岡式」とよばれ
流麗な線が特徴的で、西洋の意匠の研究にも余念がなく
ウイリアム・モリスの図案に影響されたことは言うまでも
ありません。



                           この項は、東寺勅使門をアップ時に
                           仁和寺の勅使門も披露したいという思いが
                           あり記載しました。
                           おいおい勅使門・唐門の項をふやしたいと
                           思っています。




en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
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仁和寺勅使門
                               2009年3月15日仁和寺 勅使門


勅使門とは天皇の代理としてつかわされた人(勅使)を
迎えるためにつくられた門をいいます。

そのため勅使門は特別、あるいは格別な門として
技術の粋をこらした門といえます。

私がはじめて勅使門に目を凝らしたのは
仁和寺の勅使門です。

仁和寺に行かれたらどうぞ勅使門をじっくりと
ごらんください。




京都 仁和寺 勅使門







仁和寺 勅使門 056







仁和寺勅使門 京都特別公開 055







京都仁和寺勅使門





勅使門は明治20年(1887)に焼失した後、大正2年(1913)に
内務省・宮城県・京都府の技師亀岡末吉(1865~1922)によって
再建されました。
亀岡が手掛けた建築はのちに「亀岡式」とよばれ
流麗な線が特徴的で、西洋の意匠の研究にも余念がなく
ウイリアム・モリスの図案に影響されたことは言うまでも
ありません。



                           この項は、東寺勅使門をアップ時に
                           仁和寺の勅使門も披露したいという思いが
                           あり記載しました。
                           おいおい勅使門・唐門の項をふやしたいと
                           思っています。




en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
09
 
2013年01月14日_DSC_0584

東寺の西に位置するこの区域には、


2013年01月14日_DSC_0562 2013年01月14日_DSC_0566
2013年01月14日_DSC_0560 2013年01月14日_DSC_0572 2013年01月14日_DSC_0581 2013年01月14日_DSC_0518

御影堂      回向所
三面大黒天   大師堂
毘沙門堂     本坊

が、立ち並んでいます。
足早に見てまわり、
東寺をあとにして豊国神社に行き
唐門を眺めるつもりでいました。

ところが、
毘沙門堂の隣に、
あれは、
あれは、


贔屓さん。(注1)




贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0579


計画はここで完全に崩れ落ちました。


贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0552


可愛いですねえ。
走り寄り、体中を撫でまわす私です。


贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0553



贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0556



贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0558


いつもいつも重いものを支えてくれて
ありがとう。
いつまでも身体をさする私です。



贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0575
               尊勝陀羅尼の碑を支える贔屓


                            そして、その贔屓を支える小石さんたち、

               贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0578
                                            です。





時間は15時41分。
宝蔵の堀の前を通過して小1時間経っていました。


2013年01月14日_DSC_0593

サギが作りものではないことが判明。
妙に感動す。

                          *このサギさんの1時間前はコチラです




en1参考en1

<注1:贔屓>

中国の伝説によると、贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、
その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、
そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。
日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、
「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、
その者のためにはならない」という意味の諺だが、その由来は、
柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。
         *上記はウィキペディアより*

ご贔屓という言葉もこの贔屓からきています。
下積みの役者さんをファンが支えるということです。

<贔屓に関しての拙ブログ>
福岡 東長寺
滋賀 竹生島

<1月13日・14日の見仏の〆>
この見仏記の〆はコチラをご覧ください。

<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺



en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
08
 
2013年01月14日_DSC_0516


東寺駅に降り2分ほど歩き
京都銀行の角を曲がる。

いつも
いつも

ハー 

ため息がでます。

東寺の五重塔がヌワっとあらわれます。
その姿の

大きいこと
大きいこと。


感心しながら塀沿いに歩き慶賀門から東寺へ
入ります。

1月14日14時48分。
宝蔵のお堀にサギが作りもののようにじっとしています。


京都では冬の旅キャンペーンをやっており
たくさんの仏閣で一般公開が催されています。
東寺も、

五重塔初層
観智院
小子房

の公開と見所満載です。

が、

今回の目的は小子房(こしぼうorしょうしぼう)
ではなくて
小子房の勅使門をこの目で
見る、
焼き付ける、

ことにあります。


2



小子房は東寺の西院にあります。
  (地図のピンクの囲みのエリアが西院)

何度も東寺には拝観にきていたのに
この西院には一度も足を運んだことが
ありません。
勅使門の存在を知ったのもつい最近のことです。
当然いつものことで
「見たい虫」、ミタ虫が蠢きました。


2013年01月14日_DSC_0517


桃の手水蓮の蕾の手水を横目に
飛ぶように歩きます。



2013年01月14日_DSC_0584
                                       posted by(C)poco


2013年01月14日_DSC_0518
                                        東寺 寺紋八雲


御影堂も寺紋も
おしやって進みます。

小子房の勅使門へ。


見えてきました。
勅使門です。


東寺 小子房 勅使門2013年01月14日_DSC_0547



東寺 小子房 勅使門2013年01月14日_DSC_0529





2013年01月14日_DSC_0537



きれいです。


2013年01月14日_DSC_0525


菊の透かし彫に
異国情緒ある唐草と葡萄の模様。



東寺小子房 勅使門2013年01月14日_DSC_0534




東寺小子房 勅使門の蛙股 2013年01月14日_DSC_0531




東寺小子房 勅使門2013年01月14日_DSC_0542



見ごたえあります。
繊細優美でいて洒落ている。

この勅使門は
昭和9年の弘法大師1100年忌の際に
造られたものです。

これほど細やかなものが
昭和の時代にも造られていたとは、
嬉しい驚きです。


天気の良い日に再度うかがって
写真を撮りたいとせつに思う私です。



                            次は思わぬところで贔屓さんに会うの巻
                            東寺 贔屓 2013年01月14日_DSC_0557


en1参考en1

<残念なこと>
勅使門を眺めていると
大工さん達の建物の見学(勉強会)に
遭遇しました。
残念なことに
誰一人この門に興味を持つ人がおらず
通りすぎていく・・・。
非常にがっかりしました。


<東寺 寺紋:八雲>
2013年01月14日_DSC_0514
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を   須佐之男命作
(わきたつ雲よ、その立ち上る雲のように、出雲の国に妻と一緒に住むための垣根を幾重にも作ろうぞ)

<仁和寺 勅使門>
京都仁和寺勅使門


<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺


en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
06
 
2012年01月09日_DSC_0528東大寺ミュージアム
                        2012年01月09日撮影 東大寺ミュージアム


東大寺ミュージアムの
一番の見所は
やはり
法華堂からおいでになった
法華堂本尊・国宝不空羂索(ふくうけんさく)観音像と、
日光、月光(がっこう)菩薩像の3体そろい踏みでしょう。


IMG_NEW_0009
                                         国宝不空羂索(ふくうけんさく)観音像


美術館でお仏像に会えるということは
とても幸せなことです。
明るい館内で、細かなところまで
つぶさに拝観できます。

場合によっては360度拝観可能です。

これはお堂の中では考えられないこと
です。

しかし
私は、お仏像はやはりお堂に安置されるべき
ですし、
明るいライトのもとで拝観するものではないと
思っています。

昔の仏師は、まさかお仏像が明るいなかで
衆目にさらされるとは思ってもみなかったでしょう。
お仏像様ご自身もとまどっておいでなのではと
思っています。


今、この項を書きながら思ったのですが、
当初のお色は赤や緑に彩られ、
そして金色に輝く。
これは、
お堂が暗いということを想定しているのでは
ないでしょうか。



東大寺法華堂 不空羂索観音立像 宝冠
                  不空羂索観音立像 宝冠

ご新造のお仏像があるとしましょう。
わたしたちは、明るい中で見ています。
金ピカピカです。
だから違和感をもつのではないでしょうか。

本来は
本の少しの窓明りや月明りで浮かぶように、
金泥がほどこされているのではないでしょうか。

一心におすがりするから
暗がりの中から浮かんでくる、
それがお仏像様の本来の象(かたち)でしょう。


とはいっても
保存・保安のことを考えると
仕方のないことなのでしょうね。



東大寺伎楽面2013年02月06日_P2060168
                                   伎楽面


今回、見入ってしまったのは伎楽面です。
存在感があって
今にも動き出しそうで
声も聞こえてきそう。

いいですねえ。  ホシイナア




今回ミュージアムで購入したもの


奈良かるた2013年02月06日_P2060174
                                           奈良かるた


2013年02月06日_P2060172 2013年02月06日_P2060170
マスキングテープ                  懐紙





en1参考en1

*上院の三昧堂の御本尊の千手観音菩薩立像も6月にこちらに
 安置されるということです。

<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺

en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
04
 
2013年01月14日_DSC_0483


手向山八幡宮と書いて「たむけやまはちまんぐう」

読みます。
法華堂の向かい、上院に位置します。
本来の参道は大仏殿の東側にてはじまります。



手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0484


749年に東大寺を建立するにあたって
大分の宇佐八幡宮より東大寺の守護神として
勧請されました。
八幡宮の分社では第一号という
由緒ある神社です。


手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0488



現在東大寺八幡殿に安置されている
快慶作の僧形八幡神坐像(そうぎょうはちまんしんざぞう)
は、この手向山八幡より
明治の神仏分離の際に東大寺に移されたものです。


東大寺僧形八幡神坐像
     東大寺八幡殿 快慶作 木造僧形八幡神坐像


001

どの石灯籠にも「向い鳩」の紋がはられています。


向かい鳩 対い鳩 001
向い鳩 対い鳩


鳩は平和の使者と思われがちですが、
本来それは西洋のことであって
日本の鳩は「八幡大菩薩の使い」であり
勝利を呼ぶ瑞鳥として武運を祈る鳥でした。

特に「向い鳩」は八幡の八をあらわすとも
いわれています。

が、

この「向い鳩」がこの手向山八幡宮のご神紋なのか
というと、私自身は?マークです。

というのは提灯には



手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0485


この紋がついています。


ただ、お寺さんは紋を2つお持ちのところもあるので
この手向山八幡宮も神紋を2つお持ちなのかもしれません。
しかし、
この提灯についている紋の名前と意味するところが
わかりません。

またもや私に宿題ができてしまいました。
どなたか神紋に詳しい方がおいでならばご教示ください。



手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0487 手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0486
手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0495 手向山八幡宮2013年01月14日_DSC_0494




en1参考en1

*その他の画像はマニアック奈良13 東大寺2手向山八幡さま
  をご覧ください。


<快慶に思うこと>
掲載の僧形八幡神坐像は、快慶の傑作のひとつと
いえます。
この坐像を拝観していつも思うのが
快慶は仏師として天才であったと同時に
仏教に非常に帰依していたということです。
この坐像には無駄彫の影が一切ありません。
作造行程の、一等最初から何ひとつ無駄な
動作、彫をせずに、
「お仏像を彫らせていただいている」という
意識で最後まで集中していた、と思います。


<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺

en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
03
 
二月堂手水舎2013年01月14日_DSC_0450
 



二月堂には手水が3箇所点在します。


2010年04月04日_DSC_1210 二月堂手水舎2013年01月14日_DSC_0469
 二月堂階段登り口                 二月堂北の茶所前


トップ画像の手水舎は東大寺の数ある手水の中でも
第一級です。
堂々たる構えで、大仏殿の前にこそふさわしい
ような手水舎です。

この手水の見どころは二つ。

まず、天井です。

二月堂手水舎天井2013年01月14日_DSC_0454

なぜか、方位盤が設えてあります。
龍がほどこしてあるというのは
珍しいことではありませんが
方位盤というのは見たことはありません。

一見に値する天井です。


もう一つの見どころは
蛙股の意匠です。


二月堂手水舎


二月堂手水舎2010年04月04日_DSC_1217


2010年04月04日_DSC_1218


2010年04月04日_DSC_1220


2010年04月04日_DSC_1219



これらの蛙股の彫物は
東大寺初代別当(住職)である良弁の
生い立ちをあらわしています。

  初代別当の良弁は赤子のころ、鷲にさらわれ
  大杉に吊るされた。それにきがついた
  義淵上人が連れて帰り育てる。
  30年後、良弁は母親と涙の再会を果たす。
  この様子が手水の蛙股にあらわされている。


上記のことは
私は今までに何度もブログにてお話をしてきました。

今回の目的は、この彫物の作者といわれる

浪花の相野徳兵衛直信

の名前が彫られている箇所を見つけることでした。

相野徳兵衛直信は、だんじりに多くの作品を残した
名匠です。
是非、この目で名前をみたい。

その思いで今回はこの手水を見てまわったのですが、
残念なことに見当たらない。
かなり時間を費やしたのですが、
わかりませんでした。


ますかけ」は簡単にみつかったのですが
相野徳兵衛直信の名は見つけることができませんでした。


また、東大寺にいらっしゃい・・・ということでしょうね。




北の茶所2013年01月14日_DSC_0473

二月堂の奥にある
北の茶所で小休止です。
石油ストーブが2基ともっているのですが
誰もいない休憩所は寒いこと寒いこと。
熱いお茶をいただきます。

修二会時の声明が流れています。





en1参考en1

*相野徳兵衛直信の作品はコチラをご覧ください。
*二月堂の詳細はコチラをご覧ください。


<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺


en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


 
01
 
東大寺2012年08月14日_DSC_0420
                                        2012年08月14日


上院とは
二月堂、法華堂、三昧堂がある、
東大寺の前身の金鐘寺があった丘陵地帯をさします。


法華堂2013年01月14日_DSC_0481 東大寺三昧堂2013年01月14日_DSC_0437
東大寺二月堂2013年01月14日_DSC_0438 東大寺二月堂閼伽井屋2013年01月14日_DSC_0443
                     法華堂  三昧堂
                     二月堂  閼伽井屋


この上院で私が一番好きなのは
法華堂です。
しかし
今現在法華堂は改修中で拝観は
かないません。
そのうえ落慶したとしても
お仏像様は
ミュージアムのほうに安置されるようなので
とても残念です。

私のお仏像好きの原点は法華堂なのですから。


今回この項では、二月堂石段の模様のことを
お話してみようと思っています。



東大寺2012年08月14日_DSC_0424
                                        2012年08月14日


このなだらかな石段の先の急階段には
登りだしの数段と上がりきる数段に
線刻の模様があります。


その模様は

流水
亀甲
唐草
網代(=桧垣)
青海波

そして「ますかけ」といわれています。


下の段より

東大寺2012年08月14日_DSC_0427
一段目 流水


東大寺二月堂石段 亀甲文様2012年08月14日_DSC_0426
2段目 亀甲

二月堂 階段唐草2013年01月14日_DSC_0446
3段目 唐草




上の段より

東大寺二月堂石段 桧垣文様2012年08月14日_DSC_0430
1段目と2段目網代(桧垣)

東大寺二月堂石段 青海波2012年08月14日_DSC_0431
3段目青海波


この上記の模様はすぐにわかります。
問題は
「ますかけ」でした。

私自身、この「ますかけ」を知ったのは
去年のことで、
他の方のブログにてです。
面白いもので、以来、いろんな方のブログで
見られるようになりましたが、
その「ますかけ」の写真は
今、ひとつ写真が鮮明でなく
リボンを単純化したようにみえました。

ますかけというのは、
どういう「紋」なのだろうと考え込んでしまう
私です。

検索すると
なんと「手相」にヒット。
  マスカケ線というのは、
  感情線と頭脳線が一直線に並んでいる手相を言います


ますますわからず
頭の中がグルグルまわりだします。
マスカケマスカケ・・・。
ミタコトナイミタコトナイ・・・。
ミタイミタイ・・・。


観光案内本をみても、他の模様はふれていても
「ますかけ」の記述はありません。
けれど、
よそ様のブログには記載されている。

ただし研究者的なブログや古い文献には
二月堂の石段の模様に「ますかけ」の記述がない。

新しい日記には載っている!
・・・?


「ますかけ」ってなに?


そういうわけで
悪天候の中、石段を舐めるようにみてみました。



ありました!
それらしき模様が。

ますかけ2013年01月14日_DSC_0480


ちょっと、見えにくいのですが
リボンのようなものが。

↓こうすればわかりますね。

東大寺二月堂石段の模様 ますかけ005

これが「ますかけ」ねえ・・・。
リボン模様よねえ。
と釈然とせず、
なおも石段を眺めていると

またありました!

これです。
これです!
これが「ますかけ」です。

ますかけ 二月堂石段002


リボンとしてみていたのでわからなかったのですが
「四角い升(枡)にかけ(バツテン)」
で、
「ますかけ」だったのですね。


氷解です。



ただ、
これは私見ですが、
この「ますかけ」および「リボン模様」は
線刻図ではなくて
自然の産物でしょう。

刻まれてはいません。

だから古い文献やブログには記述がないのだと
思います。



面白いことに
この「ますかけ」を踏むと後利益があると
いわれています。
 

     歴史は作られ
     文化もつくられていきます。

                                     この石段にはもう一つ
                                     面白いお話がありますが、
                                     次回訪ねた際に確認して
                                     いずれアップいたします。
                                      ↑
                                      イツニナルヤラ     
                                         アップしました!          
en1参考en1

*線刻模様は、「滑り止め」ということですが、
 本当のところはどうなのでしょう?

*ますかけは、自分でさがしてみましょう。
 すぐにわかりますよ。

<2013年1月13日旅取り>
滋賀/三尾神社→三井寺→竹生島宝厳寺→京都/知恩院→八坂神社→奈良/興福寺
<1月14日旅取り>
奈良/東大寺→京都/東寺



en11月13日・14日見仏記en1

1 滋賀三尾神社 見返り兎
2 三井寺 左甚五郎の蛙股 龍
3 竹生島宝厳寺
4 竹生島宝厳寺 国宝唐門
5 竹生島神社(都久夫須麻神社)のご神紋
6 竹生島 贔屓
7 京都知恩院 三門楼上内部
8 京都名物
9 八坂神社を駆け抜ける
10奈良らしいもの
11東大寺 大仏様(だいぶつよう)の大仏殿
12東大寺 大仏殿のお仏像さまたち
13東大寺 上院へ行く前の箸休め
14東大寺 二月堂石階段 ますかけ のこと
15東大寺 二月堂手水舎の彫師相野徳兵衛
16東大寺 手向山八幡宮をさらり散策
17東大寺 ミュージアム
18京都東寺 小子房の美しい勅使門
19東寺 西院にて神獣 贔屓 にまみえる
20見仏紀行 〆 551を貪り食らふ


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