白マム印 日本のこと日本のもの

 
28
 
2011年04月04日_DSC_0739

ツイッターをのぞいていましたら、
懐かしい言葉に出会いました。

それが、
「若い根っこの会」です。

    若い根っこの会ってラジオで耳にしたから
    お母さんに意味を教えてもらった
 とのこと

そうですよねえ、若い人は知りませんよね。

この言葉、この単語を聞く(目にする)のは
いつが最後だったかもまったく覚えていません。

ただ覚えている光景があります。

井の頭公園に行くと
いつも丸い大きな輪になって
お弁当を広げている彼ら彼女ら、
フォークダンスを踊る彼ら彼女ら。

天気の良い日曜日にはよくその姿を目にしたものです。
そしてそれが奇異にうつったことを正直に書いておきましょう。

この会は集団就職で地方から上京してきた若い人のための
互助会のようなものといってよいと思います。
が、
私が公園で目にした頃は、集団就職というシステムは
なくなっていたように思いますから、地方からでてきた
若い人のサークル活動といえるでしょう。

調べて見ると、いまでもこの会は存在していました。
しかし、
私が公園で見かけたあの頃
急速に、地方からでてきた若い人たちを取り込んで
いったのが
残念なことに新興の宗教でした。




                         *カテゴリーを「言葉」にするのは躊躇しますが
                          便宜上、「言葉」にします。


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23
 
玉川上水の桜の古木2013年03月23日_P3230243
                                     玉川上水の桜の古木


今年の春は
ことのほか
森羅万象
ものみなせわしく
きりきり舞。

桜ももう少し
そう、1日でも寝ていたかったのでは。

毎朝自転車でくぐる
桜の古木にも一斉に桜が
咲きだしました。

朝日を浴びて
幹や枝が
雄々しくみえる瞬間です。

 
21
 
午前中奈良(東大寺・興福寺・薬師寺・唐招提寺)
を堪能。
1時30分には京都駅のロッカーに荷物を
いれます。

身軽です。

いつも綿密なスケジュールをたてるのですが
今回、午後の京都は気の向くままです。

お仏像にまみれたい!
そう思うも、
まったく違うところを歩いてみたい!

という気持もふつふつとわいてきます。

千本釈迦堂にでも行こうかしらと
思っていたのに
東福寺から京阪に乗り換えて三条へ。

賀茂川の川端を少し歩いて
古門前通りへ。

このあたりは平行に並ぶ
新門前通りとともに骨董屋さん通りです。

が、
日曜日の3日はガランとしており
人通りもなく
殆どのお店がお休みです。


これはまったくの私見なのですが、
日曜日に開いている骨董屋さんは
一見さんでも「おこしやす」なのでしょう。
つまり
あまりお金を落とさない観光客でもいいですよ。
と、
小商いをいとわないお店、なのではと
思っています。



京都古門前通り てっさい堂 2013年03月03日_DSC_0192
                                 京都古門前通り てっさい堂 



古門前通りの「てっさい堂」さんはとても有名です。
女子供が大好きな店なんていうと
睨まれそうですが、マスコミによくとりあげられる
お店です。
検索をかけますと、熱烈なファンのブログにすぐに
あたります。

骨董屋のなかでも小さなお店といってよいと思う
このてっさい堂は染付の豆皿で有名です。
が、
それよりも有名なのは
女主人の貴道裕子さん。
ご本は出される、コレクション展はなさると八面六臂
のうえに美人です。


  

店にはいると、
黒ずくめのお洋服の貴道さんが
ちょうどお出かけのところでしたが
とても気持のよい挨拶をされて
出て行かれました。

やはりきれいな方です。

店内は身動きするのに
細心の注意を要する狭さに
あいている空間はなし。
ぎっしり、
古伊万里
有田

器が積み上げられています。

大荷物をコインロッカーにいれて
正解でした。


2013年03月03日_DSC_0191

骨董が流行っているということが
あって、
おこづかい程度で買える物に
とびきりいいものや
お買い得はないなあというのが
どのお店にはいっても思うことです。

てっさい堂さんも同じです。
ブームだからこそ
随分値段があがったなあというのが
本音です。


2013年03月03日_DSC_0193



お言葉に甘えて気軽にはいりましたが
骨董屋さんからすると嫌な客な私です。



戀壺洞2013年03月03日_DSC_0195
                               おしゃれな戀壺洞(れんこどう)



観山堂2013年03月03日_DSC_0194
                                   量も質もほどよい観山堂




上記3店舗は
観光客(一見さん)を厭わないお店です。

たまには
お仏像から離れて京都を歩くのもいいか!

思いたいところですが、
やはりお寺さんに行けばよかったと
後悔している私です。



しかし↓こういう美しい木の門扉を見ると、

2013年03月03日_DSC_0197

やはり
来てよかった!

思う私です。


            3月3日 見仏紀行 完


en1参考en1



てっさい堂
京都市東山区縄手通り古門前東入ル元町
電話075 - 531 - 2829
ウェブ

戀壺洞
京都市東山区新門前通 大和大路東入西之町227
電話075-525-2121
ウェブ

観山堂
京都市東山区新門前通大和大路東入西之町207
電話075-561-0126
ウェブ



木彫 神鹿
本当は
この木彫の鹿(鎌倉時代)を扱っていた
京都の骨董屋さんを探したかったのですが・・・。
情報を求めています。


<2013年3月3日見仏紀行>
(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
19
 
唐招提寺2013年03月03日_DSC_0160
                                        唐招提寺 金堂

山号  なし 
宗派  律宗
創建年 天平宝字3年(759年)
開基  鑑真 
本尊  廬舎那仏(国宝)

住所  奈良県奈良市五条町13-46
電話  0742-33-7900
交通  近鉄道橿原線西ノ京駅下車すぐ
公式ウェブサイト



唐招提寺2013年03月03日_DSC_0162


東大寺さんと同じくらい好き。
それが唐招提寺です。

寺院全体の姿もよし
お仏像もよし
緑が多く(←クリック)
そして澄んだ空気もよし。

それが唐招提寺です。


唐招提寺2013年03月03日_DSC_0188


伽藍に派手なところはいっさいなく
奈良時代建立された寺院の金堂としては
現存する唯一のもので
天平をかんじさせます。



2013年03月03日_DSC_0166




8世紀後半の創建時の姿を残す
金堂に入る事は出来ませんが
柔らかな光に浮かぶ
中央に本尊・盧舎那仏坐像、
右に薬師如来立像、
左に千手観音立像(いずれも国宝)の
御様子は
とてもよくわかります。

本来、お堂の中には人は立ち入ることは
ならず、礼拝は外からしたものです。
唐招提寺は、その規律を今も守っていると
いえます。



盧舎那仏坐像 千手観音立像
盧舎那仏(るしゃなぶつ)坐像 奈良時代作     千手観音立像 平安時代作
盧舎那仏の光背の化仏(けぶつ)の数は、      大脇手42本、小脇手911本、合わせて953本の
864体ですが、                        お手お持ちの千手観音立像です。
本来は1000体であったといわれています。


o0480063610320111728
                          千手観音の御手






唐招提寺の三尊はとても大きくておおらかです。

金網の目に手をいれるとお堂のひんやりとした空気が
手を包み込みます。



唐招提寺 講堂2013年03月03日_DSC_0173
                                              講堂

講堂は平城宮の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)
を移築したもので、御本尊は鎌倉時代作造の
弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)です。
こちらの弥勒さんは力強いお顔立ちに
慈悲深さがみられる魅力的(私には)なお仏像です。


2013年03月03日_DSC_0184 2013年03月03日_DSC_0181

2013年03月03日_DSC_0180 2013年03月03日_DSC_0175 
鼓楼                         礼堂
宝蔵                         馬道(めどう・通り道のこと)



この唐招提寺で一番好きな場所。
それが、↓ 戒壇堂址です。


唐招提寺戒壇堂址2013年03月03日_DSC_0171
                                             戒壇堂址


ご覧のとおりなにもない。
それなのに大好きな場所です。

戒壇堂は僧になるための受戒の場所です。
創建時に築かれましたが火災により
建物は焼失し往時のものとしては
石段のみが残っています。

私がじっと佇んでいると、
拝観者が、
「なにもないじゃないか」と呟いて立ち去っていきました。

そうです。
たしかになにもない。
なにも見えないところです。



唐招提寺水盤2013年03月03日_DSC_0187
                                             水盤


唐招提寺門帳2013年03月03日_DSC_0163
                                       鳳凰と桔梗の門帳                                  




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<他の見どころ>
 ・新宝蔵
   旧講堂木彫群と呼ばれる、
   奈良時代末期に制作された多数の
   木彫像は見ごたえがあります。
 ・御影堂
   開扉は6月5日~6月7日
   国宝鑑真和上坐像を収めた御影堂の厨子の扉が開かれます。
   東山魁夷画伯奉納の障壁画と襖絵も特別公開されます。
 ・奥院西方院
   境内を出て線路をわったところにあります。
   快慶作の阿弥陀如来像が本尊ですが、一般公開はなし。
   電話予約。

     奈良 唐招提寺奥院 西方院石仏ひな壇
                                  唐招提寺奥院 西方院石仏ひな壇   



<多数の写真があります>
2010年唐招提寺 戒壇堂
2010年唐招提寺奥院 西方院
2009年 唐招提寺金堂 
2009年 唐招提寺礼堂 
2009年唐招提寺講堂 
2009年 唐招提寺御廟


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
16
 
休ヶ岡八幡宮は薬師寺の鎮守社です。

薬師寺南門の前に位置するのですが、
前回でも記載しましたが
最寄駅の西ノ京に近い興樂門が観光客にとって
正門のようになっており
八幡宮にまで足を運ぶ人はあまりいません。

以前より訪れたいと思っていた私も
当然ながら今回はじめての参拝です。

この八幡を有名にしているのは
国宝の三ご神像をおもちだということです。

このご神像は、京都の松尾大社のご神像と
ともにとても有名で、薬師寺展や、本などでお目もじされた
方も多いと思います。

09.jpg
        神功皇后坐像  33.9cm

 07.jpg 
        僧形八幡神坐像  38.8cm

06.jpg
        仲津姫命坐像  36.8cm


博物館や宝物殿にてお仏像やご神像におあいすると
いつも思います。
本来はどういうお社(お堂)においでだったのだろう。
ということです。

そのお社(お堂)は

山のなかだろうか
木々に囲まれているのだろうか
白砂に建つのだろうか
朽ちかけているのだろうか

私のお仏像・ご神像拝観は
お像にお目もじし
なお且つ
本来のおありになるべく場所に
立ち
昔の信仰というものが
生活の中に存在していた頃を
少しでも知ることで
ひとつの区切りがつきます。


休ヶ岡八幡宮2013年03月03日_DSC_0147
                                    休ヶ岡八幡宮

御祭神 誉田別命(八幡神・応神天皇)
    息長足姫命(神功皇后)
    仲日売命(応神天皇皇后)

平安時代の寛平年間(889年~898年)、
薬師寺別当栄紹によって備後国(大分)の宇佐八幡宮から薬師寺の
鎮守社として勧請されたもの。
寅平年間(889~897)に薬師寺の南の地に勧請されました。
現在の社殿は慶長8年(1603)に、
豊臣秀頼の寄進によるものです。



休ヶ岡八幡宮2013年03月03日_DSC_0148



休ヶ岡という名は
大分の宇佐八幡から東大寺の鎮守社(手向山八幡)を勧請する際に
途中でここで休まれたと伝わることから付いた社名です。


  
2013年03月03日_DSC_0146
                                              手水



薬師寺への参拝は本来は
この休ヶ岡八幡にて
身を清めておこなわれるべきもの
だったのです。

日曜日だというのに
境内は私ひとりです。



   現在、三ご神像は奈良国立博物館に
   寄託されています。



孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0140
                     孫太郎稲荷大明神


休ヶ岡八幡に隣接している、
この稲荷明神は、
薬師寺とは無関係とのこと。

お百度石が目につき
この淋しい場所でのお百度は
御利益が高そうだと考えて
しまいます。

しかし

孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0155


孫太郎稲荷大明神2013年03月03日_DSC_0153




神様のお使いのお狐様(かたや巻物、かたや宝珠をおくわえです)の
お顔をみると怖ろしくて
よほどの、願かけがないかぎり
夜更けにこちらにまいるのは
出来ない・・・と思ってしまうのでした。

まだまだですね、私は。





神像の美―すがたなきものの、かたち
(別冊太陽)



<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
15
 
村上春樹さんの書き下ろし長編が
文藝春秋より4月に発売になります。




色彩を持たない 多崎つくると、彼の巡礼の年 [ 村上春樹 ]

「1Q84」がいわば
ジェットコースター的な物語だったので、
それとは少し違うものを
書いてみたいという気持がありました。
それがどんなものなのか、
書いてみないとわからなかったけど。
   (春樹談) 
本の話ウェブより

定価 1.785円 4月発売


                               楽しみです。






 
14
 
                                               28年度の会員証

東大寺友の会 会員証2013年03月14日_P3140226


今年も東大寺友の会の会員証が
おくられてきました。
3月も2週にはいると
まだかしらと、気持がソワソワと
してきます。

今年の写真は
木村昭彦氏撮影の
「大仏殿 夕日」です。

昨年は「修二会 椿の造花」でした。



東大寺友の会会員証



東大寺 莫山揮毫
                              東大寺 絵馬堂茶屋 榊莫山揮毫  

<東大寺友の会>

年会費 3.000円
特典
・大仏殿、法華堂、戒壇堂を無料参拝。
・東大寺ミュージアム入館無料。
・東大寺の諸行事、講演会、展覧会などの案内送付。
・東大寺友の会主催の演奏会(会員特別割引)の案内送付。
・東大寺手帳配布。
・宗報『華厳』配布。

入会に関しての詳細は東大寺公式ウェブサイトをご覧ください


*24年度の東大寺友の会会員証に関してはコチラ
 ごらんください。

 
13
 




14




                                          薬師寺講堂 鴟尾にて




<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂



 
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薬師寺2013年03月03日_DSC_0116
                                                     薬師寺金堂



山号  なし 
宗派  法相宗大本山
創建年 天武天皇9年(680年)
開基  天武天皇(勅願)、道昭、義淵伝本尊  

住所  奈良県奈良市西ノ京町457
電話  0742-33-6001
交通  近鉄道橿原線西ノ京駅下車すぐ
公式サイト


003



東塔西塔の両塔の初層(1階)が
同時に公開!

今回の見仏の大きな目的は
実はこの特別公開でした。

てっきり
修復中の東塔の覆屋がはずされた




薬師寺東塔2013年03月03日_DSC_0108


と、
思いきや東塔は↑ 状態でした。




2010年の東塔↓
奈良薬師寺 東塔
               薬師寺 東塔(C)poco-mom

以前の東塔↓ 
薬師寺 東塔
               薬師寺 東塔(C)poco-mom


今回この東塔の内部を貫く「心柱」の最上部から、
「仏舎利(ぶっしゃり)」を納めた容器が取りだされ
一般公開されました。

掌におさまるような小さな蓮の蕾をかたどった
容器は水晶でつくられた窓が設けられており
そこから小豆ほどの大きさの薄赤色と乳白色の
天然石が釈迦の遺骨として収納されています。
      クリック→写真

前知識なしにぶらりと薬師寺に拝観におとずれ
ついでにこの東塔に入ったとしたら
この仏舎利には多分気がつかなかったでしょう。

江戸時代の作で似たようなものが京都の寺院でも
見られることから当時流行ったのではないかと
推測されています。




薬師寺西塔2013年03月03日_DSC_0109
                             西塔


2006年7月撮影
薬師寺金堂 東塔西塔003


堂々たる金堂は
昭和51年(1976)白鳳時代様式の本格的な金堂
として復興されたもので、
「竜宮造り」ともいわれています。

                         フェノロサは薬師寺の東塔を「凍れる音楽」(注1)と
                         評したといいますが、この塔(西塔も)は
                         一見、五重塔に見えますが実際は三重塔です。
                         裳階(もこし 注2)がついているために5重塔と
                         見間違えてしまいます。


薬師寺2013年03月03日_DSC_0115


薬師寺2013年03月03日_DSC_0106


金堂には
国宝の薬師如来三尊像
おいでです。




06 003
月光菩薩(注3)      日光菩薩


この薬師三尊は7世紀末~8世紀初めに造られており
鋳造技術のレベルの高さ、その優美な姿は
仏教美術史上でも代表格のお仏像です。


金堂の中で拝観しますと、あまり感じませんが、
2008年東京国立博物館での薬師寺展でお会いしたとき
その大きさには驚きました。



薬師寺講堂2013年03月03日_DSC_0119
                                               講堂

2013年03月03日_DSC_0128
                                              東院堂


東院堂は、境内の東回廊に向かって
位置するのですが、
朱と緑の鮮やかなる龍宮仕立てのお堂に
隠れるようにひっそりと佇んでいます。

しかし
東院堂の御本尊の聖観音菩薩は
立派で雄々しさまでかんじるような
優美でいて偉丈夫なる観音様といえます。

東京国立博物館にやはりおでましになったのですが
慈しみを感じる前に圧倒されてしまいました。

003
                       聖観音菩薩立像


薬師寺 中門2013年03月03日_DSC_0135
                             中門



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                                              南大門


薬師寺は、最寄りの駅「西の京」から
興樂門がすぐですが、寺院としては
正門(南門)ではありません。

参拝の方はこの中門南門の方にはあまりお寄りには
ならないのですが、
この中門南門を出て道を渡ると
この薬師寺の守護神社の
休ヶ岡八幡宮があります。

                                            つづく


en1参考en1

<注1:凍れる音楽>
フェノロサが東塔をみて言ったと伝えられていますが、
昨今ではさだかではないといわれています。
「建築は凍れる音楽」という例えは
以前よりドイツで使用されていたと
ウィキペディアに記載されています。

<注2:裳階>
裳階(もこし)は、仏堂、塔、天守等で、軒下壁面に付いた庇状構造物。
別名:雨打(ゆた)。通常、本来の屋根の下にもう一重屋根をかける
かたちで付ける。裳層とも書く。元来は風雨から構造物を保護するために
付けられたもの。  ウィキペディアより


<薬師寺月光菩薩首切り事件>

月光菩薩の首にはいつの頃からか亀裂がはいり
それが日が経つにつれひどくなりました。
昭和27年に吉野を中心としたマグニチュード6.8の
地震のために、ぐらつく状態まで悪化しました。
このため
薬師寺は文化財保護委員会(文化庁の前身)に依頼しました。
出向いた技官たちは、このままにはしておけないという
判断から、独断でその場で月光菩薩の首を切り落として
しまいました。
月光菩薩の首はそのまま床に置かれました。
この性急な処置は大騒ぎとなり国会でも取り上げられたほどです。

ところが、
実のところは、菩薩の首を下ろすにあたって菩薩の内部を通っていた芯棒の鉄心が
つかえ邪魔になるので切断し、頭部を下ろしたということだったそうです。

 *このことを検索していると、その当時のことをアップされている
  貴重なブログをみつけました。
  興味のある方はごらんください。
  「ポプラ21:今日の句日記 梅雨に入る国宝展の長き列


*2007年6月の薬師寺見仏紀行
*2010年1月の薬師寺見仏紀行


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂





 
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                                          興福寺門帳

興福寺門帳は正倉院宝物の
麟鹿草木夾纈屏風 (りんろくくさききょうけちのびょうぶ)
の意匠です。
この宝物は切手にも使われたことがある
有名な意匠です。


003.jpg


2013年03月10日_DSC_0240
             ↑子供の頃から集めている切手のストックブックを見ましたら
             収集していました。

東金堂
北円堂
南円堂
に、
この門帳は優雅に翻ります。



下記の門帳は2009年の
阿修羅像を仮金堂にて展示した時に
仮金堂の入り口にかかっていたもので
以来、私自身は見かけたことはないものです。

中金堂の門帳がいかなるものになるのか
楽しみにしています。


興福寺 仮金堂テンプルカーテン (門帳)
                          興福寺 仮金堂門帳posted by(C)poco





<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
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南円堂 宝珠と右近の橘2013年03月03日_DSC_0098

                                  興福寺南円堂 宝珠水煙


薄曇りだった空は
興福寺を歩く頃には青空とかわり
南円堂の朱と緑、宝珠水煙、右近の橘(注1)
の映えること。


興福寺南円堂 宝珠水煙003

           宝珠水煙は下方より
          露盤(ろばん):伏鉢の土台。
          伏鉢(ふせばち):お墓の原形、土まんじゅうの部分。
          請花(うけばな):上記のものを受ける飾りの台。
          宝珠(本来は、ほうしゅ):釈迦さまの遺骨を納めるところ。
          水煙(すいえん):火炎の透し彫のデザインです。
                    *火をきらうことから水煙という。




2013年03月03日_DSC_0092
                                         興福寺南円堂

南円堂では
異国の僧侶が四度加行(しどけぎょう 注2)の
行をおこなっておいででした。

ついつい目が釘付けになってしまいます。

一言さんには夜お参りすることが多く
明るいうちというのは久し振りのことです。
一言観音さんに
一つだけお願い事をしてご朱印帳をいただきに
隣の札所にまいります。

興福寺一言観音堂2013年03月03日_DSC_0090


5月には「左近の藤」がとてもきれいな
観音堂です。

興福寺 一言観音堂2013年03月03日_DSC_0091



興福寺ご朱印帳2013年03月07日_P3070214



興福寺ご朱印帳2013年03月07日_P3070216


興福寺 ご朱印2013年03月07日_P3070215



本音を語れば
ご朱印集めに、それほど熱心ではありません。

その底には、恥ずかしながら経済が関っています。
関西にすんでいれば、そう「渋チン」にならなくても
すむのですが、東京から足繁く関西に通うには
相当財布の紐をかたく結んでいなければなりません。
が、
山村御殿、円照寺さんの「ご朱印」がとてもきれいだったのを
機に、
ご朱印をいただくようになりました。


円照寺 ご朱印
                        円照寺 ご朱印


現在、使っているご朱印帳は2冊目で
1冊目同様、東大寺さんのご朱印帳です。

いずれ、興福寺さんのこのご朱印帳を使うことになります。



興福寺 ご朱印2013年03月07日_P3070217



en1参考en1

<注1:右近の橘>
興福寺南円堂の橘は日本に古くから野生した唯一の柑橘で、
別名ヤマトタチバナともいう。
常緑樹の橘はいつ見ても変わらないことから縁起がよく
紋としてもつかわれています。
明日香 橘寺寺紋 橘
            明日香 橘寺寺紋 橘

↑はじめて見たとき「桃の寺紋ですか」と
お寺の方に聞き「橘です」と言われたことが
あります。恥ですね。

<注2:四度加行>
これは説明するのがとても私にも難しいので
簡単にいいあらわしますと
徳の高い僧になるための4つの修行です。

<2013年3月3日見仏紀行>
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(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
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唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂



 
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2010年10月31日_DSC_0107
                                         東金堂と五重塔



いつも素通りしていた東金堂前の
石灯籠を見ると



2013年03月03日_DSC_0079


落雁のようなかわいい浮彫りが。
おしゃれです。

デザインは
石造美術の研究家、川勝政太郎です。
川勝はサンスクリットの研究者でもあり
考古学者で文学博士でした。

昔、といっても彼は昭和53年まで生きて
いたのですが、
少し前までの造形家というのは
深い教養にうらうちされた人たちで
それを言いかえるならば

造詣がふかい

ということです。

今のアーティストというのが
とてもわたしには
薄っぺらく思えてなりません。

学問というものの必要性を
造形物を見るたびに思います。



2013年03月03日_DSC_0084


平成30年の落慶が待ち遠しくてなりません。
何年も前からこの場所の前を行き来しています。


2010年の10月は↓このようだったのです。

2010年10月31日_DSC_0105
                                        2010年10月31日


今回はこの興福寺には拝観のためではなく
(勿論 おまいりはします)、
実は
ご朱印帳を購入のためによりました。
限定でご朱印帳が出ているのを
ツイッター(情報収集には便利)で
知り、いそいそとお邪魔した次第です。



  



                                             

<2013年3月3日見仏紀行>
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(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂



 
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2013年03月03日_DSC_0026


1月14日の見仏紀行で紹介した
手向山神社
には法華堂の方から入りましたが、
本当の参道は、
大仏殿南東のアショカ王の柱の近くから
はじまります。


2013年03月03日_DSC_0028



前回の紹介にはこちらのご神紋の
「向かい鳩」の写真が
不鮮明であったことが心残りで、
再度おとずれてみました。

2013年03月03日_DSC_0027
                                        ご神紋 向かい鳩


2013年03月03日_DSC_0034



2013年03月03日_DSC_0030


この手向山神社は八幡神社で、
749年に東大寺を建立するにあたって
大分の宇佐八幡宮より東大寺の守護神として
勧請されました。
八幡宮の分社では第一号という
由緒ある神社です。

鳩は「八幡大菩薩の使い」であり
勝利を呼ぶ瑞鳥として武運を祈る鳥でした。

特に「向い鳩」は八幡の八をあらわすとも
いわれています。


この八幡の近くには


2013年03月03日_DSC_0051



2013年03月03日_DSC_0052


↑大聖不動明王が祀られ、


↓辛国神社があります。


2013年03月03日_DSC_0069


2013年03月03日_DSC_0072


この辛国神社には
悪さをする天狗さんが封じ込められている
らしいです。


東大寺は広くてまだまだ沢山の神社や
お堂が点在しています。




<2013年3月3日見仏紀行>
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(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂


 
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2013年03月03日_DSC_0058




1月の見仏紀行では
東大寺二月堂の石段の線刻模様「ますかけ」
のことを書きましたが
実は二月堂には3つ階段があります。


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                             登廊


北側には屋根つきの登廊(のぼりろう)
南側に線刻模様がある石段。
そしてその南側にもうひとつ幅が細く
狭い石段があります。
それがトップの画像です。

この階段にも
面白いことに
模様が刻まれています。


2013年03月03日_DSC_0056


2013年03月03日_DSC_0054


深い意味はないのではないかと思っています。
面白がっているのは私を含め東大寺好きの人たち
だけ・・・だと。

泉下の制作者はいろいろ詮索されて面映ゆいかも
しれません。

 「実は意味なんかありやせん」とか。



<2013年3月3日見仏紀行>
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(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂



 
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2013年03月03日_DSC_0035


二月堂はお水とりの最中で
いつもと様子が違います。

行く先々で
「お水とりにおいでになったのですか」と
きかれます。


今回の私の私による使命は
「二月堂にて贔屓を探せ」。

なんとしても贔屓を見つけねばと
意気込んで二月堂へといそぎます。

手水舎では先の1月14日に探しだせなかった
彫師「相野徳兵衛直信」

銘をも見つけないといけません。

いけません・・・。
自分の出した指令にがんじがらめで
悲しいようなおかしいような気分ですが
好きなことですから気分は高揚しています。

朝早い二月堂は誰もおらず空気は冴え冴えとしています。


2013年03月03日_DSC_0053 2013年03月03日_DSC_0041
2013年03月03日_DSC_0037 2013年03月03日_DSC_0038


先ずは手水舎。
ぐるぐるまわって何度も見上げるのですが
今回も残念ながら手水舎に「相野徳兵衛直信」
の銘をみることはありませんでした。
消えた・・・のでしょうか。
   ご存知の方がおいででしたらお教えください。


2013年03月03日_DSC_0059

竹で囲われた石灯籠を見てまわります。
・・・ありません。
二月堂をぐるりとまわり
北の茶所の前も確認します。
が、
贔屓さんはどこにもおいでになりません。

そんなはずはないと
あきらめずに再度石段の石灯籠の根元(?)を
みます。

一段一段見ていきます。


おいでになりました。
やはり石灯籠を背負っておいででした。


贔屓2013年03月03日_DSC_0046


贔屓2013年03月03日_DSC_0048


贔屓2013年03月03日_DSC_0045


二月堂の石段をのぼりきったところに
おいででした。
この贔屓さんは「贔屓」というより
「亀」にちかいようですが、
重いものを背負っておいでなので
贔屓さんといってもよいと思います。

お小さいのに大きな灯籠で、
二月堂の贔屓さんは
ちょっと大変そうです。



en1参考en1

<贔屓>
中国の伝説によると、贔屓は龍が生んだ9頭の神獣・竜生九子のひとつで、
その姿は亀に似ている。重きを負うことを好むといわれ、
そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。
日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、
「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、
その者のためにはならない」という意味の諺だが、その由来は、
柱の土台である贔屓を引っぱると柱が倒れるからに他ならない。
         *上記はウィキペディアより*

ご贔屓という言葉もこの贔屓からきています。
下積みの役者さんをファンが支えるということです。


贔屓 東長寺 2012年08月18日_DSC_0481
                                          福岡 東長寺



2013年01月13日_DSC_02201
                                             ↑竹生島
                                       許可を得たものです


贔屓 東寺大師堂2013年01月14日_DSC_0551
                          東寺大師堂



贔屓 2013年02月24日_DSC_0624
                                        東京国立博物館


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂




 
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東大寺中門2013年03月03日_DSC_0008
                                      東大寺 中門


中門とは
大仏殿を囲む回廊の中央、大仏殿の手前にある
入母屋造の2階建ての楼門です。。
1716年の再建といわれています。

東大寺大仏殿(金堂)に入るには本来は
南大門を通り中門からはいることになります。

私たちは南大門の仁王様には眼差しをむけることは
あっても中門の




東大寺中門2013年03月03日_DSC_0009



東西においでの
兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)や
持国天に関心をいだくことはほとんどないのでは。



持国天2013年03月03日_DSC_0023
                                            持国天


兜跋毘沙門天2013年03月03日_DSC_0022
                                         兜跋毘沙門天



作者は、大仏殿の
如意輪様と虚空蔵様を作造した
京都の仏師山本順慶一門と、
大坂の仏師椿井賢慶一門らで、
江戸時代に制作されました。


もったいないお話です。
そこには、それはすばらしい兜跋毘沙門天が
おいでなのです。

ただとても残念なことに
網と木の柵で保護されているために
とても見ずらいし、写真も撮りにくい。
そういうこともあって
益々参拝客はこの二神に無頓着です。

毘沙門天と多聞天が同じ神将であることは
ごぞんじでしょうか?

四天王の中では「多聞天」といい
単独でお出ましの時は
「毘沙門天」といいます。

そして
地天女の掌にのり鬼(尼藍婆、毘藍婆)
を従えた場合は
兜跋(とばつ)がついて

兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)と
いいます。


柵の間から覗いてみましょう。



兜跋毘沙門天2013年03月03日_DSC_0018



どうですか?
お約束通り、地天女の掌にのち
二鬼を従えたお姿です。


衣装は金鎖甲(きんさこう)という鎖を編んで作った鎧に、
腕には海老籠手(えびごて)と呼ぶ防具を着け筒状の宝冠を
かぶっておいでです。

この衣装も、兜跋毘沙門天特有のものです。




兜跋毘沙門天2013年03月03日_DSC_0013


兜跋毘沙門天2013年03月03日_DSC_0019


東大寺にいかれたら是非ご覧になってください。



2013年03月03日_DSC_0020
                            持国天



二神とも保存状態がよいものです。
網などではなくもっとよい保存の仕方を
考えてほしいと思っています。


en1参考en1

<兜跋毘沙門天 伝説>

1200年以上も昔、中国の西域地方のある都市(城)が、

他国の民族に攻められ、囲まれてしまいました。もう終わりか!と

思われたその時です。ゴ-ゴゴ-ッというすごい地響きと共に地面が、

激しく揺れだしました。そして地母神が戦いの神,毘沙門天を掌にのせ、

メキメキッと音をたてて地面を割って姿を現したのです。これに驚い

た敵は、逃げていきました。

それ以来、唐の国では、この時の毘沙門天の姿を守護神(しゅごしん)

として、まつるようになりました。



東寺の宝物館には安置されている

兜跋毘沙門天は元は平安京の羅城門の楼上に

祀られ平安京を護っていたといわれています。

平安末期に東寺にはこばれてきたのだそうです。

空海と密教美術展 兜跋毘沙門天
       東寺 兜跋毘沙門天 

IMG_0005_NEW1兜跋毘沙門天(とばつ びしゃもんてん)
                         福岡県太宰府 観世音寺 兜跋毘沙門天


木造如意輪観音坐像2013年01月14日_DSC_0410
                              大仏殿の木造如意輪観音坐像


<2013年3月3日見仏紀行>
東大寺中門→東大寺上院エリア→興福寺→薬師寺→唐招提寺→京都三条

(東大寺 中門の兜跋毘沙門天 二月堂の贔屓二月堂のもう一つの石段
手向山八幡宮の向かい鳩)→ (興福寺 石灯籠ご朱印帳門帳)→
(薬師寺 東西両塔初層特別公開小休止休ヶ岡八幡宮・孫太郎稲荷大明神)→
唐招提寺)→(京都三条・てっさい堂




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ひとりテクテク、本をポッケにいれてお仏像巡りをしている時が一番幸せです。
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またカバ屋印では日常のてんやわんやぶりを公開しています。
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