白マム印 日本のこと日本のもの

 
07
 
雨月物語 (ちくま学芸文庫)雨月物語 (ちくま学芸文庫)
(1997/10)
上田 秋成、高田 衛 他

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1週遅れの話になります。

7月29日のNHK大河ドラマ平清盛は
井浦 新演ずるところの崇徳上皇の
讃岐での御霊(注1)ぶりがよかったですね。

実はマムは膝をうち
何度も頷きながら見てしまいました。
庵のなかで血みどろとなり
髪乱れ伸び、爪は野獣のようにとがり、
のたうちまうさま。

崇徳院が御霊(ごりょう)となり荒ぶるさまは
200年前に刊行された
上田秋成作の雨月物語
巻頭を飾る話として有名です。

巻之一  白峰

こそが、
崇徳上皇が
荒ぶれ魔道にはいる様子とてもわかりやすく
伝えたものです。



西行法師は、四国の白峰に崇徳院の御陵があるときき
山に登ります。
いばらやつる草に埋もれた石を三重に積み上げた塚が
崇徳院の墓でした。

西行は紫宸殿のきらびやかななかでの賢明な君主であった
院を思いなげきます。

 
  日はいりしほどに、山深き夜のさまはただならね、
  石のゆか木葉のふすま いと寒く、
  神清骨冷(しんすみほねひえ)て、
  物とはなしに凄まじきここちさせられる。


そこへ、御霊となった院があらわれます。
西行は成仏していない院をなげきいさめます。

が、魔王となった院はききいれません。


  新院からからと笑わせひ、「汝しらず、近ごろの世の乱れは
  朕なすわざなり。生きてありし日より魔道にこころざしをかたふけて、
  平治の乱をおこさしめ、死してなほ朝家(ちょうか)に祟りなす。
  見よ見よ、やがて天が下に大乱をしゃうぜしめん」 


西行はこの言葉に涙します。
しかし、
産まれたときより父鳥羽院より不義の子として
うとまれ、帝につくも、鳥羽院の院政に翻弄され
義母である美福門院の3才の皇子に帝(近衛帝)をゆずり、
この近衛帝なきあとは、
誰もが崇徳院の子である、重仁親王が帝になると
思っていたにもかかわらず、
まったくの論外の雅仁親王(後白河院)が践阼(せんそ 注2)されたのですから
西行の言葉に耳を傾けるわけはありません。

  朕皇子(わがみこ)重仁こそ国しらすべきものをと、
  朕も人も思ひをりしに美福門院が妬みにさへられて、
  四の宮の雅仁(後白河院)に世をうばわれしは
  深き怨みにあらずや。
  重仁国しらすべき才あり。雅仁何らのうつは物ぞ。


崇徳院は我子である重仁皇子がいかに国をおさめる器が
あったかをとき、弟の雅仁親王(後白河院)がその器がない
ことを断じます。

雅仁親王は武士の家でいえば、部屋住みの居候のような
立場、立ち位置の人でした。
即位した年齢が29歳。
29歳までぶらぶら天皇家にいたというのは異例で
当時は出家するのが普通。
皇子は今様好きの遊び人さんです。
その雅仁親王が帝にえらばれたのですが
崇徳院と御子の重仁皇子の嘆きは強いものだったでしょう。

この雅仁皇子が帝になられたのはその乳母の夫である
信西の画策といわれていますから、
崇徳院の魂があらぶるのも当然のことです。

というのは
大河ドラマの場面にありましたが、
讃岐に配流された崇徳院がみずからの過ちを深く省み
五部の大乗経を写経し京の仁和寺におさめようとしたところ
信西(ドラマでは後白河院自体)に拒否されます。

   「少納言信西がはからひとして、もし呪詛の心にやと
  奏しけるより、そがままにかへされしぞうらみなれ」


   「この経を魔道に回向(ささげ)して、恨をはるかさんと
  ひとすじにおもひ定めて、指を破り血をもて願文をうつし、
  経とともに志戸の海に沈めてし後は、人にもまみえず深く
  閉じこもりて、
  ひとへに魔王となるべく大願をちかひしが」


ドラマのなかで、狭い庵の中で
経文と血みどろになって荒れ狂い
獣のように爪がのびていた様は上記のことです。

魔王の形あさましくもおそろしげなる崇徳院は谷峯に
響くすさまじい声で言い放ちます。

   「かの讐敵(あたども)ことごとく此前の海に
  尽くすべし」


↑これは平家一門を海に沈めることを誓ったということです。

西行は涙します。

  魔道のあさましきありさまを見て涙しのぶに堪ず。

世の中は崇徳院に呪われしごとく乱れていき
信西はあっけなく自刃し獄門にその首は吊るされます。
清盛の嫡男は病死し、清盛も没した後、平家一門は西海に沈みます。


雨月物語 巻之一 白峰
雨月物語 巻之一 白峰より


この雨月物語の白峰を読んで気がついたこと。
それは、魔道に身をささげた崇徳院の言葉の
1節です。
   死してなほ朝家(ちょうか)に祟りなす。 

ここに朝家という単語がでてきます。
この雨月物語は200年前の作ですが、
天皇家のことを朝家と言っているわけです。
つまり朝家という言葉があったということです。

今回のドラマで一番クレームがでた「王家」という
言葉。

王家を朝家に変えたらと。

この朝家という言葉がまさにふさわしいのでは
などと、
雨月物語を読んで思ったのでした。

どうでしょうか。

en1  en1
  

注1:御霊(ごりょう)
   やんごとなき貴人や功績のあった人物が恨みを残して
   死んだとき、死後人々にたたるとされた怨霊(おんりょう)。
   民間人の場合は怨霊という。

   この御霊を鎮めるために、御霊神社や御霊塚、御霊会(祭)
   がある。
注2:践阼(せんそ)
   天皇に選ばれること。

<参考>
・雨月物語は1768年に執筆された9編からなる
 怪奇小説です。
 上田秋成のげんさくではなく、日本の古典や中国の物語を
 本歌取りよろしく仕立て直したものです。
 近年でいえば、芥川龍之介のとった小説法。

・まだ赤ちゃんといってもよい頃、
 実は大映映画・雨月物語を見ました。
 物語はまったく覚えていませんが、
 映画館に貼られたポスターがとても
 こわかったのを今もよく
 覚えています。

 もやのかかる闇夜の湖に浮かぶ1艘の小舟。
 白黒のポスターのおどろおどろしかったこと。


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京マチ子、森雅之 他

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↑ただしこの映画は白峰ではなく、
「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2編をあわせ脚色したものです。
かなり物語としては異なっています。

   
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↑私は友人にこの雨月物語の漫画を借りました。
とてもおもしろかったので、本格的に読みたいと思い
ちくま学芸文庫を購入しました。
古典ははいりにくいので、こういう入り方もいいのでは
と思っています。


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