白マム印 日本のこと日本のもの

 
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金地院開山堂2013年08月15日_DSC_0164
                                       金地院開山堂


寺格  南禅寺塔頭 
宗派  臨済宗南禅寺派
創建年 応永年間(1394年~1427年)
開基  足利義持
本尊  地蔵菩薩坐像

住所  京都市左京区南禅寺福地町86-12
電話  075-771-3511
交通  蹴上駅(京都市営地下鉄 東西線)下車、徒歩5分


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       以心崇伝像 狩野探幽


南禅寺歴代住職の中で最も有名なのは
270世住職以心崇伝(いしん すうでん)。

「黒衣の宰相」ともいわれたのですから
いかにもやりてです。

その崇伝が住んだのが、金地院であり
祀られているのが金地院開山堂です。

正面に安置されているのが
崇伝の肖像彫刻。
左右に十六羅漢像が
安置されています。


南禅寺金地院2013年08月15日_DSC_0162


崇伝は、
徳川家康の信任が篤く幕政にも関り、
俗説では豊臣家滅亡へとなだれこむ
方広寺鐘銘事件(国家安康の鐘銘文)を
画策したといわれています。(注1)

のちに僧録(注2)に任命され、その役職は
幕末まで金地院の住職が担うことに
なります。


金地院開山堂2013年08月15日_DSC_0163





南禅寺金地院2013年08月15日_DSC_0165
                                            鶴亀の庭


南禅寺金地院2013年08月15日_DSC_0166
           方丈より前庭をのぞむ 中央の板石:遥拝石 右手の石群:亀島


崇伝が徳川家光のために作らせたこの庭は
小堀遠州作といわれる資料が残る唯一の庭です。
桃山時代の風格を備えた
江戸初期の代表的枯山水庭園です。

中央の遥拝石は東照宮を礼拝するための石です。
その左右に鶴島と亀島が配置されています。


2013年08月15日_DSC_0170
                                              鶴島




南禅寺金地院方丈2013年08月15日_DSC_0169
山岡鉄舟の書「布金道場」の額



南禅寺金地院2013年08月15日_DSC_0168



2013年08月15日_DSC_0171



今回の見仏を前に私が一番期待していたのが
金地院のご本尊、延命地蔵菩薩坐像の拝観でした。



7月30日のことです。
いつも楽しみに観ているテレビ番組
BS朝日「京都1200年の旅」は
南禅寺金地院をうつしだしていました。

お仏像好きの私は禅寺にはあまり興味がありません。
なぜならば禅寺は、寺構えや天井やら襖やら庭には
心をくだいても、
私からすると、お仏像にはあまり心を寄せていない。
そういう思いがあるのです。
端的にいえば
「いいお仏像をお持ちでない」。
に、つきます。
      禅寺さんごめんなさい。

そういう私が、「京都1200年の旅」を観ていると

え!?
もしかして慶派。
と、
思える、
「きれいなお顔と豪奢な装飾・衣を身に付けたお地蔵さま」
が、画面に映し出されました。

これは、是非是非金地院に行き、
拝観させていただかねば。


翌日には金地院に電話し拝観の是非を問うと
「いつでも拝観出来る」旨を聞き
安心して金地院へ向かったのでした。

が、
当日拝観は不可とのこと。
なんと電話で予約をしないといけなかったとのこと。
ならば
電話したときに教えてくださればよいのにと、
思ってもあとの祭です。

方丈内部に入ることは願わず。


南禅寺 金地院本尊2013年08月13日_DSC_0056
                   金地院本尊 延命菩薩坐像(テレビの画像より)




2013年08月13日_DSC_0060
                            方丈襖絵 長谷川等伯 猿猴捉月図




予約して拝観出来るのは
方丈内部
茶室「八窓席」
    ↑小堀遠州デザイン

です。
方丈には狩野探幽の襖絵なども
見られるようです。


この金地院は近いうちに再度訪れようと思っています。

                                   ←
                                  前回 金地院東照宮
en1参考en1

<注1:方広寺鐘銘事件>
徳川家康の勧めにより、秀吉が建立し、
地震で倒れたままになっていた方広寺の大仏殿を
豊臣秀頼が再建することになった。
慶長19年(1614)に
その梵鐘の銘が入れられたときになって、
家康はその文言に重大な言いがかりをつけたのである。
「国家安康」という句は家康の名を切ったものであり、
「君臣豊楽、子孫殷昌」は豊臣を君として子孫の殷昌を楽しむ、
と解釈し、徳川を呪詛して豊臣の繁栄を願うものだと激怒。
これによって
大阪冬の陣勃発。

この「国家安泰」と刻まれた梵鐘は
豊国神社に隣接する方広寺に現存します。
方広寺 鐘2013年08月17日_DSC_0466

<注2:僧録>
室町時代、諸寺の人事、訴訟などを
統括する僧録司の制度が置かれたが
江戸幕府の1615年にこの制度は廃止され、
幕府の直接支配となる。
が、
4年後、南禅寺の崇伝に金地院僧録が拝される。
以来金地院は、「金地院寺大名」と呼ばれ、
僧録は、幕末期1868年まで続く。


<特別拝観>
要電話予約 下記時間帯
9時半、10時半、11時半、1時半、2時半、3時半
拝観料 1100円


<大徳寺 龍源院 一枝坦>
龍源院 一枝坦(いっしだん)

小堀遠州作の江戸初期の代表的枯山水よりも
私自身は大覚寺の作庭の方が大胆かつ
繊細で好きです。

大徳寺龍源院
大徳寺瑞峯院

en18月15日16日17日見仏足取りen1

8月15日
京都武徳殿にて合気道→南禅寺順正にて昼食南禅寺 1
南禅寺水路閣天授庵金地院東照宮金地院開山堂奈良東大寺
8月16日
木津川岩船寺→奈良忍辱山円成寺勧請縄円成寺運慶作大日如来坐像
8月17日
京都法界寺(日野薬師)醍醐寺三宝院醍醐寺五重塔
豊国神社方広寺→京都博物館


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