白マム印 日本のこと日本のもの

 
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                                                    清涼寺 弁天堂

<五台山 清涼寺>

山号   五台山
宗派   浄土宗
創建年  寛和3年(987年)
開基   奝然(ちょうねん)
本尊   釈迦如来(国宝)
別称   嵯峨釈迦堂
文化財  木造釈迦如来立像及像内納入品
      木造阿弥陀三尊坐像(国宝) 他

住所  京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
電話  075-861-0343   
交通  山陰本線 嵯峨嵐山駅 徒歩15分


清涼寺山門2013年11月24日_DSC_0113
                                        清涼寺 仁王門


紅葉シーズンまっただなかということでしょうか。
車が次から次にやってきて、写真がを撮るのも
命がけです(少し大袈裟)。

本堂に生前のお釈迦様の肖像尊像が安置されていることから
嵯峨釈迦堂と呼ばれています。




清涼寺山門扁額2013年11月24日_DSC_0110
                                          仁王門 扁額



清涼寺本堂2013年11月24日_DSC_0109
                                 本堂(釈迦堂)1701年再建

仁王門をくぐって境内に入っての第一印象を
正直に述べれば、「大味なお寺さん」。

多分これは、常寂光寺や二尊院が小体な
お寺さんだったせいでしょうね。

本堂(釈迦堂)は豊臣秀頼が寄進したものですが
嵯峨の大火が類焼し、徳川家によって再興されます。


清涼寺多宝塔
                                              多宝塔

清涼寺の前身は、光源氏のモデルとされる
嵯峨天皇・皇子の源融(みなもととおる)の山荘「棲霞観」です。

多宝塔の裏にはこの源融(みなもととおる)の墓である
宝篋印石塔があります。


清涼寺のご本尊の釈迦如来立像は、お釈迦さまが37才のときの
生き姿といわれ、古代インドにて作造された霊像を模刻した
「三国伝来(インド→中国→日本)の釈迦像」といわれているものです。

このお像は「清凉寺式釈迦像」として模刻され奈良の西大寺をはじめ
全国に100体ほど奉安されています。

画像でご覧のとおり、日本の釈迦如来像とは雰囲気が違うのは
古代インドのお像の模刻だからといえます。


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↑霊宝館収蔵(特別公開日のみ入館可能)


ご本尊の釈迦如来の体内には5人の中国尼僧より絹で作られた
五臓六腑がおさめられてました。





蓮の花をイメージした本堂前の香炉が
とても愛らしくて嬉しくなる私です。


清涼寺香炉2013年11月24日_DSC_0119

寺紋は加賀梅鉢(注1)。

清涼寺香炉2013年11月24日_DSC_0120


清涼寺本堂2013年11月24日_DSC_0118
                             本堂


国宝の釈迦如来立像に拝観し
本堂を去ろうとしたところ
若いお坊様が
「お庭はご覧になりましたか?」と
声をかけてくださいました。

このお坊様はご朱印をいただくときも
なにくれと声をかけてくださって
とても親切でした。

神社仏閣を歩きまわっていると
確実に世代交代、新しい波がおこって
いるのを感じます。


清涼寺2013年11月24日_DSC_0134


若いお坊様が納所さんに
「お庭を案内してさしあげてください」と
おしゃってくださったので
本堂の裏に庭にでる引き戸まで連れていって
くださいました。

開けると、


清涼寺清涼寺2013年11月24日_DSC_0135


本の少しですが東福寺のような感じの
渡り廊下から弁天堂やお庭を見渡すことができました。


清涼寺弁天堂
                                    弁天堂 江戸時代後期

この弁天堂は全体的に装飾が多く宝珠は龍、
正面は松に獅子や牡丹唐草と寺紋と
この清涼寺の中で一番華やかな建物です。
弁天堂といわれるからには弁才天様が
祀られているのでしょうか?



本堂の東には阿弥陀堂、一切経堂
そして霊宝館が在ります。

清涼寺2013年11月24日_DSC_0139
                                            阿弥陀堂



清涼寺2013年11月24日_DSC_0138
                                            阿弥陀堂



清涼寺2013年11月24日_DSC_0143 
                                            一切経蔵



清涼寺2013年11月24日_DSC_0149
                                            一切経蔵




霊宝館(注2)では、国宝の阿弥陀三尊や釈迦如来五臓模型
を拝観することができます。


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                                    平安時代作


この阿弥陀様は光源氏のモデルといわれる
嵯峨天皇第十二皇子源融公の供養のために
造立されたものです。

平安時代のお作です。
おおらかでいてがっしりとしたからだつき、
お顔はとてもきれいなうっとりする阿弥陀様です。
源融公がモデルといわれているので
むべなるかな。


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 釈迦如来五臓模型




本堂西には首塚や生の六道があります。

大坂の役で自刃したといわれる
豊臣秀頼公の首塚。

秀頼の首は昭和55年大阪城三の丸跡地発掘現場から
出土しました。
秀頼の自刃には目撃者がおらず諸説がありますが
この首には介錯のあとがあり、場所的にもまた埋葬の
仕方等から秀頼と断定されています。

本堂(釈迦堂)を寄進した縁によりこの地に埋葬された
ものです。


005_201312101115332c9.jpg
                                       豊臣秀頼公首塚




2013年11月24日_DSC_0107
                                            生の六道

小野篁が冥土と現世を往復していた、冥土への入口「死の六道」が
六道珍皇寺に対し、冥土から現世へ戻る出口がこの
「生の六道」です。



2013年11月24日_DSC_0137
                                             手水舎



紅葉の季節、嵯峨嵐山にあるというのに
清涼寺に訪れる人はあまりいませんでした。


が、


少ない境内での観光客の中に
東京の友人がいたのには
驚きの参拝でした。


清涼寺ご朱印2013年11月26日_PB260842




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<11月24日>
6:15京都着→嵯峨嵐山→常寂光寺二尊院清涼寺銀閣寺1大徳寺二条城→17:50新幹線

<注1:梅鉢紋>
加賀藩主前田氏の家紋は梅鉢紋です。
これは菅原道真公の子孫ということからきています。
菅家党の漆間(うるま)氏からは法然上人が出ており、
上人は24歳の時に人々を救う仏教を求めて、
釈尊像の前に7日間おこもりしたというところから
清涼寺は梅鉢紋となる。

<注2:霊宝館>
霊宝館の公開は4月・5月・10月・11月の日・祝日。
確認されてから拝観されてください。

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