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瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160708
                                        慈舟山瑞泉寺


山号  慈舟山
宗派  浄土宗西山禅林寺派
開基  立空桂叔
本尊  阿弥陀如来

住所  京都市中京区木屋町三条下ル石屋町114-1
電話  075-221-5741 
交通  京阪「三条」駅より徒歩5分
     三条大橋を渡り高瀬川沿い、
     木屋町通り添いの、三条通りから南へ二軒。
オフィシャルサイト
*拝観は境内のみ自由

ビルに挟まれた門は
ちいさいおうちを思わせるというと
御寺様に叱られるでしょうか。


瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160711
    扁額:ようようにして(ようやく)確かな境地に至る(いたった)。


瑞泉寺さんにはかねてより拝観に赴きたいと
思っていました。
その大きな理由は
この御寺には豊臣秀次公およびご一族郎党の
お墓があると聞いていたからです。

この日(10月16日)は、本堂にて
文芸評論家の東雅夫さんの朗読会および
この御寺のご住職でありイラストレーターである
中川学氏の原画展が開催されました。

そのようなわけで東京より馳せ参じた次第です。



瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160716


瑞泉寺さんが京都の街中にあるということは
頭にありましたが、実際に行ってみますと
本当に繁華街!
三条大橋のすぐそば。
裏が鴨川、表が高瀬川。

京都のお仏像には詳しい私ですが、
美味しい物やファンシー雑貨に街歩きに
時間を割くなら仏像歩き最優先ですから
10年通っても街中のことは全くしりません。

先ほどまで、静かな西陣の路地にいたというより
いつも鄙なる処を行き来している私には
ちょっと眩しい場所でした。


PA160734
                                           本堂

しかし境内に一歩足を踏み入れると
とても静かです。

 


瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160718
                                       本堂 扁額


境内の向かって右手にそのお方のお墓が
ありました。



PA160728
                           豊臣秀次公、ご一族のお墓


司馬遼太郎氏の作品のなかで
あまり皆さんの口々にはのぼりませんが、名著といえる
豊臣家の人々 (角川文庫)」という作品があります。

出だしの自然描写は三島由紀夫の金閣寺の出だしを
思わせるような美しい文章です。

その作品の、最初が
「殺生関白」です。

セッショウカンパク、無論秀次公のことです。
極悪非道の人として描かれています。

一般に秀次公は暴君であったといわれていますが、
実際はどうだったのか?

今現在放映中のNHK真田丸は大変の人気のようです。
そのなかで
秀次公は繊細で優しい人物として描かれています。
新納慎也の整ったお顔と非業の最後があいまって
秀次ファンがふえたのではないでしょうか。

私自身は秀次は三谷さんによってつくられた
繊細な秀次には否定的ですし、
司馬さんの描かれた秀次像は
秀吉が自分の残虐性を正当化するためと
そののちの江戸幕府が、豊臣家を貶める
ために創り上げたものだと思っています。

秀吉が、一族郎党残虐なかたちで皆殺しにしたのは
それほどに秀次が優秀で剛の者だったからでは
ないでしょうか。
完膚なきまでに叩き潰したのは
甥である豊臣秀次が恐ろしかったのでしょう。

秀次が生きていたら江戸幕府が成立しなかったと
思うのは私だけではないと思います。

PA160721






PA160729

鴨川の河原の穴に処刑され投げ込まれたご一族郎党の
お一方ずつに墓石が建てられています。



瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160727


覆い屋の向こうに一対のシキミが見えます。
その奥が、秀次公の斬首された御首が
入れられていた石櫃です。

この瑞泉寺は400年のながき間、
非業の死を遂げられた方々をお守りしているということです。


瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160736


当日は中川ご住職みずから
この御寺の由来を説いてくださいました。

  後継ぎのいない豊臣秀吉の後継者として秀吉は
  甥の秀次を指名します。
  しかし秀吉には茶々との間に秀頼が誕生し
  その将来のために秀次を自刃に追い込みます。
  首実検のためにその首は京都にもたらされ
  そのあげく三条河原に晒され
  その前で、1歳の幼児はもとより正室、妻妾、下女にいたる
  までが、処刑(一説には槍で突き殺されたとも)され
  河原の穴に埋められます(放りこまれた)。
  そしてその上に秀頼の御首がはいった石櫃を据えました。

  この首塚の碑銘には「秀次悪逆」の文字が彫られて、
  みせしめられます。
  人はこれを「畜生塚」や「秀次悪逆塚」と畏れます。

  が、
  時はうつり、この場は鴨川の氾濫などで
  荒廃し姿が人々の目に入らなくなりました。

  自刃から16年後の慶長16年(1611年)。

  豪商角倉了以は運河として高瀬川を開削する工事中に
  この塚を発見します。
  偶然にも角倉了以の弟は秀次の主治医でした。

  秀次公とそのご一族に深く同情していた了以は、
   浄土宗西山派の僧「立空桂叔和尚」
  (後に瑞泉寺の開山上人)と計り、
  この地に
  ご一族の菩提を弔う寺をその場所に建立しました。

  それが、慈舟山 瑞泉寺 です。




瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160726






瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160714
                       宝篋印塔 1740年建立

塔身に刻まれた経文の最後には
「伏して祈る 願わくば この塔の功徳を以って
この世のすべての人々が苦しみから平等に
救われますように」
とあり、秀次公一族の供養のために建てられたものではと
思われてています。



瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160744






瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160741






PA160724
                                      大日如来坐像





PB030350






瑞泉寺 PB030349

↑明治の廃仏毀釈の嵐のおりに天皇家にはばかり
菊の菊花紋を自主的にセメントで塗り潰したもの。





瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160725






瑞泉寺 豊臣秀次公の墓 PA160723
             京都でよくみかける蘇民将来の厄除粽(ちまき)


それでは
本堂にお邪魔して東雅夫先生の朗読会と
中川学氏の原画展を鑑賞しましょう。



瑞泉寺 IMG_20161020_0006
             *終了しました(イラストは中川氏)




朗読会は初めてです。
怪談朗読なので(東さんは怪談好きとして名高い!)
おどろおどろしいのは当然ですが、
東さんのお声の良いこと!
朗々としていて、私は内容よりそのお声にうっとりと
する次第。

その熱演にお人柄の良さも滲みでていました。

朗読のあとは中川氏と対談。

中川氏いわく
「僕は、これでもオシャレのイラストも描いていた
時期もあるんですよ」
が、一番印象に残ったわけで、
その「おしゃれ」な作品も見てみたいと思ってしまいます。

瑞泉寺 イラストレーター中川学原画展 PA160750






瑞泉寺 イラストレーター中川学原画展 PA160747






瑞泉寺  イラストレーター中川学原画展 PA160746



中川さんのイラストに開眼したのは
万城目さんのとっぴんぱらりの風太郎の
挿絵でした。
   つけ加えるなら万城目さんを好きになったのも
   とっぴんぱらりからです。

以来ファン。

その中川さんが瑞泉寺のご住職なのですから
白マムにはたまりませヌ。
   (この頃の白マムは青カバ化してますね 汗)

瑞泉寺 IMG_20161020_0007
                      *終了しました


最後にサイン会があり
私は勿論、とっぴんぱらりの風太郎の分厚い
単行本を東京より持参。
表は万城目さんのサイン。
裏は中川さんのサインというW学。
豪華本にあいなりました。


IMG_20161020_0008.jpg



3時より境内の案内がはじまり
すべてが終了したのは6時ころでした。

外にでるともう日が落ちて暗かったのですが、
街はとても賑わっていました。

瑞泉寺 PA160751






瑞泉寺 PA160753
                                       高瀬川

このように朗読会や原画展をなさりながら
瑞泉寺のこの場所でどのような
歴史的事実があったかを広める。
忘れ去られている事実を掘り起こす。
とてもいい試みだと思っています。


10月16日は朝からずっと御寺参りでしたが
本当に充実した1日でした。


  

  

  

↑画像をクリックするとアマゾンの該当本にジャンプします 

en1瑞泉寺寺宝展のお知らせen1

平成28年度 秋期京都非公開文化財特別公開

10月28日(金)~11月7日(月) 会期中無休
公開時間 午前9時〜午後4時
拝観料 大人800円 中学生・高校生400円

「秀次公縁起」や「瑞泉寺裂(きれ)」「瑞泉寺絵縁起」など
博物館に寄託された寺宝が展示されます。

*詳細はご住職のブログをご覧ください。

en1白マムよりen1

瑞泉寺さんは拝観料をおとりになっていません。
400年以上も秀次公のお墓を守るということは
大変なことと思われます。
これからも守っていただき語り継いでいただかなければ
なりません。
境内には浄財の箱が設置されています。
些少でもいいと思います。
どうぞ志納を!

en1参考en1

2016年10月16日(日)
6:47東京発瀧尾神社戒光寺来迎院雨宝院首途八幡宮瑞泉寺22:44東京着

慈舟山 瑞泉寺オフィシャルサイト
*東雅夫氏・中川学氏にいただいたサインは次をご覧ください→








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